馬車は日没ギリギリまで走った。しかし追放された聖女のなり損ないに用意する様な宿屋はないらしい。
「私達はそこで野宿します。貴女は此処でお休み下さい」
護衛は木の下を指差した後、私に毛布を渡してくれた。馬車の中、これで寝ろという事らしい。
「ありがとう」
私のお礼など必要なさそうに、馬車の扉がバタンと音を立てて閉まる。会話も極力したくない様だ。
その夜、私は硬い馬車の座面に体を横たえて毛布に包まって休んだ。
翌日もただ、ただ馬車は森に向かって走っていた。
「……退屈ね」
馬車の中で独り言ちた。あの後……結局どうなったのだろう。
アナベル様が聖女となり……きっと魔王の封印に選ばれるのはウィリアム様だろう。
私は『魔女だ』と言われた時のウィリアム王子の顔を思い出していた。
あのなんとも言えない表情。驚く……でもなく、もちろん悲しむでもなく。そう例えるなら『呆れ』の様な。
そうまでして聖女になりたいのか?そう言われている様で、苦しくなった。
魔女じゃないという証明をする機会は私には与えられなかった。ウィリアム様にも魔女だと思われたまま。その事も私の心を重くしていた。
魔女の森へと向かう道中、食事と言えば朝と昼は護衛からパンを手渡されるだけ。夕食はかろうじて、パンと薄味のスープ。まぁ、馬車でジッとしているだけなので、大してお腹も空かないが。
王宮を出て二日目夜は、馬車をそっと抜け出して、繋がれた馬を癒しに行った。
「あなたも疲れた?私もよ。魔女の森って……まだ遠いのかしらね」
今の私には、お喋りをする相手は馬ぐらいしかいない。
ずっと黙っていると、自分の声を忘れてしまいそうだ。
私は馬を撫でながら優しいレオナ様を思った。
「レオナ様とせっかくお友達になれたのに……」
これからも仲良くしようと約束したのに。こんなに早く約束を破る事になるなんて。……いや、レオナ様は歴きとした貴族令嬢。私なんかと関わる必要はないのだ。
もう私は『クラリス・ウォルフォード』ではなく、ただの『クラリス』だ。