〈ウォルフォード侯爵視点〉
「どういう事だ?!」
私は思わず大声を出していた。
「く、詳しい事は……。ただお嬢様が『魔女の森』に追放になったと、王宮から使いが」
執事の歯切れの悪い物言いに、イライラしてしまった。
「直に王宮に向かう!馬車の用意を!!」
私は執事にそう指示しながら、二十日程前に聖女試験に向かった、愛しい娘を想った。
『精一杯頑張ってきます』
そう言って笑ったクラリス。しかし、その表情は硬かった。
『楽しんできなさい』
私は六年前に我が子になった彼女の肩に手を置いた。
〈聖女保護プログラム〉
別にこんなものに手を挙げるつもりはなかった。
我がウォルフォード領は羊毛産業が盛んで、広大な土地を持つ。比較的田舎の土地柄か、領民達ものんびりとおおらかな者が多く、それは領主であるウォルフォード家代々の気質とも言えた。
そんな私達は、正直これ以上を望んだ事もなかったのだ。
『ねぇ、アル。十二歳の女の子ですって。会いに行ってみない?』
妻のシェルビーが教会からの案内を手に私にそう言った。
実子の居なかった私達は後々親戚筋から養子を貰う手筈を整えていた。
別にわざわざ孤児を養子にする必要はなく、それは私アルバートと妻シェルビーの間では共通認識であった筈で、今の今まで二人の間で聖女保護プログラムについては話題すら上った事も無かった。
『十二歳?それはまた随分と遅い発現だったな』
聖なる力を持つ女児は国で保護を受ける。そして起こるかわからない聖女交代の為に、貴族籍を持たねばならない決まりがあった。
大体の子は幼少期にその力を持つかどうかの印が現れる。実物を見た事はないが、それは花の形をした痣のような物で、それが聖なる力を持つ証明の一つになるのだそうだ。
今回、教会が保護した娘は既に十二歳になっているという。これから貴族の仲間入りをさせられるその娘に少し同情した。
『本当ね。しかも孤児院に居たらしいわ』
『孤児か……それは可哀想に』
聖なる力を持って生まれた子はたとえ両親が揃っていようと、無理やり貴族の養女にさせられる。私はその制度に些か疑問を持っていた。
『アル。私、この娘に会ってみたいの』
妻のシェルビーが私に何かを頼む事など滅多にない。私はこの素晴らしく聡明で穏やかな彼女の願いを叶えてやりたくなった。
『君がそこまで言うなら、会ってみよう』
教会で紹介された娘は名をクラリスと言った。
『はじめまして。クラリスと申します』
シルバーブロンドに薄いグレーの大きな瞳は少し釣り上がっていて、意志の強さが伺えた。
緊張で顔が少し強張っているが、これは大人になったら物凄い美人になる事、間違いなしだ。……まぁ、シェルビーの次に……だが。
『はじめまして。私はシェルビーよ』
妻が右手を差し出すと、クラリスと名乗った少女は自分の右手をワンピースのスカートにゴシゴシと擦り付けてから、その手をそっと握った。
その娘とは二、三言話して別れた。
その後別室に通された私達は教会の司教と話をした。
『どうされますか?保護プログラムの条件に、ウォルフォード侯爵様は合致しておりますが……』
『うーん』
私はまだ決めかねていた。会って数分で彼女の為人は分からないが、受け答えには好感が持てた。
彼女に『聖女になりたいか?』と尋ねれば、『この力が誰かのお役に立てるのなら』と真っ直ぐな瞳で彼女は答えた。十二歳にしては少し大人びている様に思ったが、その答えは司教が教えてくれた。
『クラリスの暮らしていた孤児院で、彼女は一番歳上でした』
『……?孤児院は十五歳まで在籍出来る筈だが?』
『ええ、その通りです。しかし、あの孤児院は……。あまり環境が良くなくて。殆どの子が十二、三歳であそこを出て、住み込みで働いています』
『十二、三なんてまだ子どもだわ』
シェルビーは眉間に皺を寄せた。
『孤児院に割かれる予算というのは、その孤児院の大きさに比例します。クラリスの暮らしていた孤児院は小さくて……。その割に小さな子どもが多く保護されている。金が圧倒的に足りていないのです』
そう言った司教に私は思わず、
『私達は随分と教会に寄付をしていますよ?その金はどこへ消えているんです?』
と詰問していた。
『もちろん教会への寄付から孤児院へもその金を渡しています。王族からの寄付だって……。それでも足りないものは足りない。クラリスはもうすぐあの孤児院を出て、働くつもりでいた様です。しかし、小さな子を面倒見ていたのもクラリスで。孤児院の院長としては、クラリスにはもう少し居て欲しかった様ですが……彼女は聖女候補ですから』
……ならば今、既にその孤児院は困っているのではないか?私はそう思っていた。
『ならば、うちでクラリスを引き取って、その孤児院には個人的に寄付させていただきます。それなら人を雇うなりして貰えるでしょう?せめて十五歳まで……その子達が孤児院で安心して暮らせる様にして欲しいわ』
決めかねていた私を他所に、シェルビーはあっさりとクラリスを養女にする事を決めてしまっていた。