〈ウォルフォード侯爵視点〉
『アル……勝手に決めてしまってごめんなさい』
帰りの馬車でシェルビーは私に謝罪した。
『ん?いや、いいんだ。私もあの娘の事は何故か気になった。君は彼女を気に入ったんだね』
『ええ。あの娘の瞳。とても綺麗だったわ。それに握手した時のあの娘の掌……。十二歳なのにとてもガサガサで……きっと孤児院でたくさん働かされていたんだと思うの』
シェルビーが私の意見も聞かずクラリスを養女にする事を決めた事に内心私は驚いていたが、シェルビーには何か思う所があったに違いないと、私は彼女の意志を尊重した。
手続きを済ませ、三日後に迎えに来ると約束して私達は帰路に就いた。
それから三日。私達はクラリスを迎える準備に追われた。
『アメリ、君がクラリスの侍女だ』
十八歳で我が家に入ったばかりの侍女を執務室に呼んだ。
『わ、私ですか?』
『そうだ。クラリスは十二歳、君が一番歳が近いからね。それにクラリスは平民でね。貴族の仕来りには慣れていない。君から少しずつ教えてあげて欲しい』
新人侍女のアメリは戸惑っていたが、彼女もクラリスを気に入った様だった。
クラリスとアメリ。時には姉妹の様に、時には親友の様に。私とシェルビーはアメリを指名した事は正解だったと、クラリスの笑顔が増えるたびにそう思っていた。
クラリスは賢い娘だった。
今まで勉強らしい勉強など一つもして来なかった彼女を学園に通わせる事は少し酷なのではないかと思っていたが、彼女は学園に通うまでの三年間で必要な学力をきちんと手に入れた。
学園でも、確かにトップの成績を収めた事は無かったが、それでも生まれつきの貴族達の中で遜色ない成績で学園を卒業した。
しかしそれ以上に驚くべきだったのは、彼女の『聖なる力』だった。
聖なる力に造詣の深い家庭教師を付けたが、彼は兎にも角にもクラリスの攻撃力に舌を巻いていた。
『あんな力、見たことありません。クラリス様は聖なる力を物理的な武器に変える能力をお持ちです』
彼の指導の元、クラリスは聖なる力を弓矢の様に扱う術を手に入れていた。
しかしシェルビーは良くクラリスとパイを作りながら言っていた。
『クラリス。貴女が聖女になろうとなるまいと、私達の大切な娘に変わりはないわ』
『でも……それでは何の恩返しも出来ません』
『貴女、私達に初めて会った時の事を覚えてる?聖女になりたいと貴女は言わなかったでしょう?聖女に拘る必要なんてないのよ』
『聖女にならずともお二人に恩返しが出来るなら……』
『馬鹿ね。貴女の存在そのものが奇跡なのよ。私達の元に来てくれてありがとう。それこそが恩返しだわ』
『では……どうして保護プログラムに?』
『だって女の子が欲しかったんですもの』
厨房で並んで料理をする二人の背中が本物の親子に見えた瞬間だった。