〈ウォルフォード侯爵視点〉
「着きました」
御者の声に、私は我に返った。
クラリス……。彼女はまだ此処に居るのだろうか?
馬車の扉が開くなり、そこには私の見知った顔が、涙で顔をぐしゃぐしゃにして立っていた。
「旦那様!」
「アメリ!クラリスは何処だ?!」
私は自分が娘に付けた侍女に答えを求めた。
「お、お嬢様は……っ!」
泣きすぎたのか、彼女は肩を大きく揺らしながら、なんとか言葉にしようと、深呼吸を繰り返す。
「アメリ、落ち着け!何があったんだ?」
彼女の涙に私の心は不安で押し潰されそうになる。私は急く気持ちを抑えながら、彼女の肩を掴んだ。
「お……お嬢様……がっ……ヒック『魔女だ』と。それで……魔女の……森に……」
「は?!『魔女』だって?!何故そんな話に……?!」
「わ、私も……よく分かりません……ヒック……控室でお嬢様を……ま、待っていたらそう言われて……」
「クラリスは?!」
アメリは必死に首を横に振る。
そして、叫ぶ様に、
「お嬢様は魔女なんかでは……ありませんっ……!!お嬢様を!お嬢様を!!」
と言って泣き崩れた。
そこに王宮の護衛と共に教会の司教が現れた。
「ウォルフォード侯爵……。クラリス嬢はもう此処には居ません。それに……貴方とももう関係ない」
「どういう事だ?!陛下は?!大司教は?!誰か私に説明してくれ!!」
目の前の司教は大きく息を吐くと、側に居た護衛に、
「ウォルフォード侯爵には、この話を聞く権利があります。何処か部屋を用意出来ますか?」
と尋ねた。
私は王宮の一室に通された。アメリはあの後少しだけ落ち着くと、教会のクラリスの部屋を片付けに行った。彼女は何度も『お嬢様を助けて下さい』と私に頼んだ。
先程私の前に現れた司教は、聖女試験全般を任されていた人物だった。
「チャールズと申します。大司教の命を受けて、聖女試験を任されておりました。……今回の件について、私達も酷く混乱しています」
私の向かいに座り背を伸ばした初老の司教を私は思わず睨んだ。
「混乱?混乱しているのは私の方だ!大切な娘を何処にやった!!」
日頃、こんな風に声を荒げた事などない私に、側に居た護衛が戸惑っている。
「クラリス嬢は魔女だった。それが分かりましたので、陛下から即刻追放を申し渡されました。彼女はもう戻りません」
「訳が分からない!!何故クラリスが魔女なんだ?!」
「落ち着いて下さい。……それでは順を追ってお話します」
顔を曇らせた司教は、聖女試験の結果を受けてクラリスが聖女になる……その発表時に起きた事の顛末を私に告げた。
「……という訳で、クラリス嬢が魔女だと分かりました。クラリス嬢は最後に貴方達との養子縁組の解消を願い出ておりましたので、陛下は彼女の願いを速やかに叶えるべく動いております。
直に侯爵家に保護プログラムの解消手続きの書類が送られるでしょう」
淡々と話す司教の顔を殴りたくなる衝動を必死に押さえた。
「たかが、水晶が黒くなっただけで、クラリスが魔女だと証明されたと言うのか?!」
「『たかが』とは何ですか!聖なる水晶は貴方もご存知の通り、聖なる力を蓄える事の出来る、貴重な水晶。その水晶が真っ黒に染まる様は……本当におぞましいものを感じました。……それに。クラリス嬢は元々孤児だ。
保護プログラムのお陰でほんの少しでも貴族の気分を味わえた。それだけで十分でしょう。ウォルフォード侯爵。もう彼女の事は忘れた方が良い。魔女なんかと関わると厄介です。血の繋がりがない事が功を奏しましたね」
「貴様……っ!!」
気付けば私は立ち上がり、司教の胸ぐらを掴んでいた。周りの護衛が私と司祭の間に割って入る。
「侯爵!落ち着いて下さい!」
私は護衛に引き剥がされながら、司祭に向けて言った。
「クラリスは魔女などではない!!私がそれを証明してみせる!!」
「……侯爵。クラリス嬢の最後の願いの意味を貴方は理解した方が良い。彼女は貴方に自分とこれ以上関わるな……と言いたかったのですから」
「お前ごときが、知った風な口を利くな!!お前にクラリスの何が分かる!」
本当は分かっていた。クラリスが私達に迷惑をかけまいと、養子縁組解消を願い出た事を。しかし、それをこの男の口から聞くのは嫌だった。
「私も残念に思っているのです。試験を通してクラリス嬢の力は認めていましたから。しかしそれが『魔の力』だったのなら……嘆かわしい事です。
まぁ……無事聖女はローナン公爵令嬢に決りました。聖女は早速、ウィリアム王子を共に封印に向かう相手に選んだ。明日にはウィリアム王子を隊長とした隊の編成が行われるでしょう」
「良いか!よく聞け!クラリスは魔女ではない。私がクラリスを助けてみせる!!」
私はこの男ともう一秒でも同じ部屋に居たくないと、部屋を出て行く。
扉を閉めた瞬間、先程司教と共に居た護衛が部屋から飛び出し、廊下を歩いていた私を追ってきた。
「ウォルフォード侯爵、お待ち下さい!」
私は足を止め、振り返る。
「何だ?」
「私は……最終試験でクラリス嬢と一緒に森へ入った者です」
「君が?……それで私に何の用だ」
「私は……クラリス嬢が魔女だったなど、信じられません。私は彼女の力を目の当たりにしました。彼女が魔物を討った後、魔物は黒い霧となって消えた。私の知識では、それが出来るのは聖なる力だけです」
「な、ならば何故それを言わなかった?!」
「私も、最終試験で共に居た司祭も、それを訴えました!しかし……聞き入れて貰えなかった……申し訳ありません」
「そんな……!何故だ!」
「分かりません。しかし聖なる水晶が黒く染まった事は事実。それを覆す程の材料がありませんでした」
そう言って残念そうにその護衛は拳を握った。
私は思った。この話……もっと詳しく調べ直す必要がある……と。
クラリスを助け出せるのは、私達家族だけだ。私はその護衛に願い出た。
「最終試験でクラリスと共に居た者に全てに話を聞きたい」