「これは……家?」
森の奥深く。突然開けた場所に着く。そこにはポツンと一軒の小さな丸太小屋が建っていた。
虎はその家の扉の前でペタンとお座りをして、私を見ている。
どうもこの家に案内したかった様だ。
私はその扉に手をかけた。ノックするべき?でも此処は魔女の森。何人たりとも立ち入り禁止だ。
私は意を決して、その扉を薄く開ける。『ギーッ』と扉が軋む。
「お邪魔します……」
何となく声を掛けて、私はその中を覗いた。
明かりのない部屋の中は薄暗くてあまり良く見えないが、テーブルに椅子。簡単な台所も見えた。
私は大きく扉を開いて、足を一歩踏み入れた。
埃は被っているが、家の中には生活に必要なものが一通り揃っていた。
誰かが此処で暮らしていたのは間違いないだろう。
いつの間にか白い虎も家の中に入っていた。
あまり広くないこの小屋では、大きな虎は動きづらかった様で、すぐにその場に座った。
「あなたのお陰で雨風をしのげるだけじゃなく、住む場所を確保出来たわ、ありがとう」
私は虎にお礼を言った。虎は私の手に頭を擦り付ける。撫でて欲しい様だ。
私は虎の頭を撫でる。虎は気持ち良さそうに目を細めた。
正直、何処かに洞窟でもあればラッキーだと思っていたのに、こんなしっかりとした家を手に入れる事が出来た。本当にありがたい。
しかし……私はさっきからあるものを感じ取っていた。
この開けた場所。そこに入り込んだ時から感じてたこの感覚。
「ここには結界が張られているわ……」
私は虎を撫でながら呟いた。
この立ち入り禁止の森に誰か私の他にも居るのだろうか?しかし、此処に人の気配はない。
私はテーブルの上の埃を撫でる。降り積もった埃が、それを証明していた。
「まずは掃除ね」
私は埃のついた手をパンパンと叩きながら苦笑した。
「何とか綺麗になったかしら」
狭い小屋だが、掃除となると中々時間が掛かった。
「シーツを洗いたいわ……ねぇ!近くに川や湖はないかしら?」
私は掃除中、小屋の外に出ていた虎に窓から声をかけた。
虎はその声に反応した様に、大きく伸びをしながら、立ち上がる。ウトウトしていた様だ。起こして申し訳ない。
私が虎の後をついて行くと、小さな川に出た。
私は川緑にしゃがみ込むと川の中に手を入れる。
「水が綺麗ね……」
私はそれを両手ですくって口に入れた。飲んでも問題ない様だ。
虎も私の横で水を飲んでいた。すると、何処からともなく、たくさんの動物がわらわらとその姿を表し始めた。
「わぁ……たくさん」
うさぎやリス、鹿や鳥……。ここにはたくさんの動物がいた。
そして私の方へと皆が寄ってくる。隣に虎がいるのに……皆怖くはないのかしら?
そう思って隣を見ると、白い虎の頭に二匹の鳥が止まっていた。
私は思わず笑顔になる。
「フフッ。皆あなたを怖がらないのね」
私は虎の耳を突いて楽しむ鳥の前にそっと指を出した。
鳥はすぐに私の指へと飛んできて、そこで今度は羽繕いを始めた。
ここはやはり結界が張られている。どうも動物達にはその事が本能的に解っている様だ。集まっているのはそのせいだろう。
私は川の下流まで少し足を伸ばしてシーツを洗った。
家に戻りシーツを干す。ここには必要な物が殆ど揃っていたので、本当に助かった。
川で体を洗い、洋服を着替えた。アメリが用意してくれたワンピースを大切に着回していくしかない。
正直、孤児院での生活に戻ったみたいだ。後は食料の確保だと思っていたら、先程の白い虎が魚を咥えて戻って来た。
私の前でそれをポトリと落とす。
「これを……食べろって事?」
白い虎はゆっくりと座って私をジッと見た。どうも食べろと言っているらしい。
私はその魚を家へと持って入る。虎はその様子をずっと見ていた。
私は扉を閉める前に、
「あなたも来ない?一人は寂しいわ」
と声をかけた。
虎はいそいそと、家に入って来る。その様子が可愛らしくて私はまた笑顔になった。
こんな状況なのに、今の私は笑顔だ。それもこれもこの虎のお陰だと感じる。
「こんなに上手くいっているのはあなたのお陰ね。あなたに名前を付けなくちゃ、呼ぶことも出来ないわね」
と私は虎の頭を撫でた。
魚を料理して食べた後、私は虎に『ディグレ』と名付けた。
「これからあなたをディグレって呼ぶわ。異国の言葉で『虎』という意味よ。気に入った?」
ディグレは私の手に頭を押し付ける。撫でて欲しい時の合図だ。
「気に入ってくれたのね。良かった」
しかし……此処はどういう場所なのだろう。
昔から御伽噺の様に語られていたのは、魔女の森には魔が棲んでいて、人々が森に入るとその魂を喰らってしまうと言われていた。
しかし実際はどうだ。ここの家を中心に随分と広い範囲で結界が張られている。
ここの正体を知りたいけれど、色々と考えのも疲れてしまった。お腹が満たされると次は睡眠だ。
シーツは洗ってしまったが、私は粗末ながらも大きめのしっかりとした寝台に倒れ込んだ。
とにかく疲れた。私にはもうその瞼を開けておく事が出来なかった。