翌日、私はディグレと共に、家の周りを探索した。
「川も湖もあるのね。木の実も生っているし、キノコも見つけたわ。何とかここで暮らしていけるかしら?」
明らかに、此処には誰かが住んでいた。その人物は誰か……。
「考えなくても、答えは一人だけよね……でも、本当に此処に魔女が居たのかしら」
私はブツブツと独り言を言いながら探索を終えた。
次は家の中だ。昨日は掃除で精一杯だった。私は引き出しや戸棚の中を開けて見て回った。
本棚には本が数冊置かれている。私はそれを手に取るとパラパラと捲った。見たこともない様な本だ。その中に、本にしては少し薄い冊子を見つける。中身をパラパラと捲ると所々インクが滲んでいたのだが、それ以上に興味を引くものがあった。それは一頁、一頁に日付が書かれていたからだ。
「これは……日記だわ」
私はそれを手に取ると、椅子に腰掛けた。
ディグレは私の足元で丸くなった。まるで大きな猫だ。……大きすぎるが。
私はその日記の頁をゆっくりと開いた。
『◯月✕日
この森に追放されてもう一月程になるだろうか。
やっと住む場所が出来た。私一人では絶対に無理だっただろう』
私はそこまで読んで顔を上げた。
「一人じゃ……なかったの?」
誰に聞かせる訳でもないが、私は声に出して言っていた。ディグレの耳がピクピクと動く。私の言葉を聞いてくれている様だ。
私は続きを読むために、また日記に目を落とす。
『やっと落ち着ける場所も出来たし、今日から記録としてここに私とランドルフの事を書いておこう。
いつの日か、誰かがこの頁を捲るかもしれない。
まず……何から書こうか。
そうだ、ここに来たきっかけを書こう。
私はここに来るまで、サラと呼ばれていた。しかし今は違う。魔女、それが今の私の名前の様だ』
やはりこれは、追放されたという魔女が書いた日記らしい。彼女の名前は『サラ』
そして、この森に共に居たと思われる人物の名前は『ランドルフ』
名前から察するに男性である事は間違いないだろう。彼女は……そしてランドルフとは何者なのだろうか?
私はそのまま読み進める。
『◯月✕日
この小屋の周りには結界を張った。ランドルフが安全に狩りに行ける様にとの気持ちだったが、何故かこの結界の元に動物達が集まって来てしまった。安全だと感じている様だ。
この森は私が来るまで魔物だらけで、動物達も困っていたのだろう。そんな動物を狩るのは心が痛い。
ランドルフには動物を狩らないでと頼む。彼は困った様な顔をしながら、魚を獲ってきてくれた』
『◯月✕日
ここに来たきっかけを書こう、書こうと思いながらも、筆が進まない。
ランドルフはそんな私の頭を撫でてくれた。彼は言葉を発する事は出来ないが、彼の言いたい事が私には分かる。
無理をするな……そう言ってくれているのだろう。
そうだ、慌てる必要はない。まだまだ私には時間がたっぷりあるのだから』
『◯月✕日
私がサラと呼ばれていた頃。私には双子の妹が居た。
聖なる力を持った双子。
私達のどちらかが聖女になるのは間違いないと言われていた。
だけどあの子は、私が邪魔だった様だ。
あんな手を使わなくても、聖女なんて譲ってあげたのに』
『◯月✕日
動物達がどんどんと集まって来た。私が子鹿の怪我を治してあげた事が原因かしら?
この力を疎ましく思った時もあったが、今はこの奇跡に感謝したい。
ふと横をみると、ランドルフにたくさんの小鳥たちが止まっていた。熊の様に大きな体を丸くして、彼は小鳥たちを驚かせない様にジッとしている。私は思わず笑ってしまった』
私はそこまで読んで、一度日記を閉じた。
椅子から立ち上がり、小屋を出る。
ディグレも私に付いて来た。
私は小屋の前の開けた場所をぐるりと見渡す。
ここは……サラとランドルフの場所だったのだ。
魔女と呼ばれた女性とそれを支える男性。ランドルフは喋る事が出来なかったのだろう事が日記から窺えた。
彼女と彼は……ここで何を考え何を思い……そして死んでいったのだろう。
私は日記の続きを読みたい様な……怖い様な、そんな感情に襲われていた。