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第32話  Sideアナベル

〈アナベル視点〉



「アナベル……そろそろ出発しないか?」

ウィリアム殿下に言われたのは、私が聖女に選ばれて五日目の昼だった。


「殿下……私だって出発したいのは山々ですが、体調が優れませんので……」


「あ……あぁ。そうだったな。だけど試験が終わってもう五日も経つ。国民も聖女が先頭で封印に旅立つ姿を待っているんだ」


「分かっておりますわ。ですが、焦っても体力は回復しません。ご存知かと思いますが、聖なる力は自分を癒すことは出来ませんの。道中、騎士たちが怪我をしても、私が治す事が出来ます。でも私は?誰が私を癒して下さるのです?」


「そうか……君はまだ知らないのか。君を癒し、君を守る為に聖騎士も討伐隊には同行する事になっている」


「聖騎士?」


「あぁ。聖騎士は元は聖女候補であった者達だ。聖なる力を持っている。もちろん君の足元にも及ばないが、君を癒すことはぐらいは出来るだろう。だから……」

なるほど。聖騎士が皆小柄だった理由がようやく理解できた。


「それでも。私だって命がけなのですよ?それなのに……」

私はハンカチを出して、目頭を押さえた。

涙なんか出ていないが、お優しいウィリアム殿下の事だ。これで引いてくれるだろう。


「すまなかった。聖女に選ばれたからといって、準備万端、覚悟も出来ている……という訳ではないだろう。君にも時間が必要だと僕もきちんと理解するべきだった」

ほら。彼は優しい。

だけど……そろそろこれ以上引き延ばす事が難しくなってきたと感じる。


王都から離れた領地を持つ貴族達からも不満の声が上がっている事は、私も知っていた。


しかし……私はあの森での最終試験を思い出す。何度も何度もローナン家で演習した筈なのに、私は魔物を前にして怯んでしまった。

何とか護衛の剣に力を纏わせる事には成功したが、自ら剣を取って戦うという事は出来なかった。

でも、それはなにも特別な事ではなかった様だ。護衛も聖騎士もそれについて言及する者は居なかったので、今までの聖女だって似たりよったりなのだろう。

この私に魔王の封印が出来るのだろうか。そう考えると不安になるが、そんな事は誰にも言えない。

弱音を吐く事はローナン家では負け犬を表す。

そろそろ覚悟を決めないといけないのかもしれない。


「気分転換に、庭を散歩しないかい?」

私を気遣う優しい声に我に返る。


「殿下……。お気遣いありがとうございます。でも……」


「庭の薔薇が見頃だよ?」

私は少し躊躇ってみせた。ここで喜んでは、体調不良が嘘だとバレてしまう。


「薔薇……確かにそれは心惹かれますね」

私はそう言って控え目に微笑んで見せた。




「おい。いつ封印に行くんだよ!」

ウィリアム殿下と庭の薔薇を堪能し、さて部屋に戻るか……といった所で現れたのは、負け犬……もとい第二王子であるロナルド殿下だ。

ウィリアム殿下と違い、粗野で下品。もし私ではない誰かが聖女に選ばれていたとしても、ロナルド殿下を選ぶ者は誰も居なかっただろう。

いや……私以外が聖女になる事など有り得なかったのだが。

レオナ様が棄権という体たらくで、早々に脱落したのは予想外だったが、私にとってはラッキーでしかなかった。

それにしてもあの水晶……本当に上手くいった。

水晶に何らかの力を加えると黒く染まる……私のリクエスト通りに作ってくれた道具屋に感謝だ。もう彼はこの世には居ない事が残念だが。

水晶のすり替えもあの司教が上手くこなしてくれた。流石に司教を殺害するの事は憚られたが、大司教を裏切った彼が、こちらに不利な証言をする訳がない。『共犯者』……そう、お互い様だ。それにあの司教の賭け事での借金を私が支払ってやったのだ。彼は私に足を向けて寝られない事だろう。

暫く負け犬は吠えていたが、言いたい事が無くなると私達に背を向けて、今来た道を戻る。

私達は背の背中を見送くった。


ハァ……。

ロナルド殿下に絡まれて、私はかなり気分が悪くなった。


「殿下、申し訳ありませんが、どうも気分がすぐれません。私失礼しますわ」

そう言ってウィリアム殿下から離れると、王宮で新たに与えられた自室へと戻った。

気弱なウィリアム殿下にも少し失望した。もう少し強く諌めてくれれば良いのに。

『聖女がそんなに偉いのか』ですって。馬鹿な男。偉いのよ、聖女は。聖女がいなければこの国は成り立たない。

だからこの国は聖女を囲うために、聖女と王子を結婚させるのだから。

幼い頃から交流を持たせ、自然にお互いがお互いを選ぶ様に仕向けている張本人が陛下であるのを王子二人だって知っているくせに正義面しないでよね。


「はぁ……面白くない」

ロナルド殿下のせいで、私の気分は沈んでしまった。このまま王都に居れば魔物も居ないし、別に魔王の封印など必要ないのでは?とも思う。


そして本物の水晶は……

私は部屋のクローゼットを開けた。奥の奥、誰にも見えない様に何重にも包んで置いてある箱。この中だ。


「処分しようにも、どうしたら良いのかしら?」

私は一人呟いた。




「流石に貴族達の不満が抑えきれない。お前は何を考えているんだ?!」

その次の夜、宰相である私の父が部屋へと訪れた。


「体調を整えていたのです。最終試験で思いの外疲れてしまいましたので」


「ふん。疲れた?お前が倒した魔物はたかだか五匹。これなら普通に剣の扱える者なら成し遂げられる数だ。私は正直この結果にはがっかりだったよ。あの女が魔女でなければ、負けていたのはお前なんだぞ?!」


「でも結果として勝ったのは私です。私が聖女。それが事実ですわ」

父のこういう高圧的な物言いが嫌いだった。

子どもの頃から家の中で君臨していた父。

『聖女にならなければお前に価値はない』

そう言われながら育ってきた。だが、この父に怯える日々も、もう終わり。


「お前は馬鹿か。聖女の務めを果たしてこそ、聖女なのだ。今のお前は聖女とは名ばかりの王宮の居候だ。さっさと魔王の封印に向かえ!魔王を封印しなければウィリアム殿下が王太子に指名される事も、お前が殿下と結婚する事もない!」


「馬鹿は貴方ですわ、お父様。良いですか?私の力がなければ封印は出来ない。私の力が充分でなければ、封印に向かっても意味がないではありませんか」


「お前……父親にむかって!!何て言い草だ!屁理屈はもういい!!明日、直ぐにでも出発するんだ。陛下も痺れを切らしている」


「この国など……聖女がいなければ他国に攻め込まれて、とっくの昔に滅びていた事でしょう。いえ、その前に魔王に滅ぼされてどちらにしろ終わっていた。王族はもっと聖女を敬うべきです」


「……良く考えてみろ。魔王が復活したら、お前も終わる。魔物を五匹しか倒せなかったお前に魔王と対峙する度胸があるのか?」

そう言われて、私は黙り込んだ。魔物に対峙した時の恐怖が蘇る。


今はまだ王太后の守りの力が残っているが……彼女が死ねば、全てが私の肩にのしかかるのだ。この国に守りの力を施しつつ魔王を封印する……私はそれを失念していた。


「……もちろんですわ。私は聖女ですから」

私は父親の目を見てそう言った。しかし内心は既に焦っている。ハッタリだ。


「……ならばお前の力を見せてみろ。聖女なら聖女の務めをさっさと果たせ」

父は馬鹿にした様にそう言うと、部屋を大股で出て行った。


父親の姿が見えなくなって、私は大きく息を吐いた。やはりあの男は苦手だ。

魔王がどんな力を持っているのかは分からないが……復活してしまえばきっと私の力など……。


私は直ぐ様ウィリアム殿下の元へ向かう。魔王の封印に明日には向かうと告げるために。


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