サラとランドルフは愛し合う様になり、彼女は彼の子を身籠った。
そこからこの平和な森の暮らしに変化が訪れる。
『◯月✕日
どうしてこの力は自分を癒せないのだろうか。正直……死ぬかと思った。だが動物達は皆自分達の力だけで出産を成し遂げる。彼らに出来て私が出来ない訳がないと奮起したが、今、ランドルフの腕の中で眠る赤ん坊を見ていると、出産の痛みも全て忘れてしまった。
自分の子どもというのは、どうしてこんなにも愛おしい存在なのだろう。ランドルフもメロメロだ。
だけど私には決めた事がある。……私はこの子を手放さなければならない』
サラはランドルフと子どもをこの森から遠ざける事を決心した。ランドルフは随分と抵抗していたようだが、子どもの為だとサラに説得され、ランドルフは泣く泣くサラと離れた。子どもを連れて。
湖の縁にしゃがみ込んでいる私の隣にディグレが座る。私はディグレに寄りかかる様にくっついた。
「あなたのご先祖様もきっとサラに守られていたわ」
私はディグレの首元を撫でる。ディグレは私の頬をザラザラとした舌で舐めた。
「痛いわディグレ……」
ザラザラより、トゲトゲと言った方が近いディグレの舌。
ディグレが舐めたのは私の頬を流れる一筋の涙だった。
結局……サラは最期をこの森で一人……いや動物達と一緒に迎えた。
サラは最後の力を振り絞り、この森に最後の結界を張った。向こう何百年も続く結界だ。そして彼女は自分の亡骸をこの湖に沈める様に動物達に願ったのだった。
「ディグレ……もし私が寿命を迎えたら……私もこの湖に沈めて貰おうかしら?そうしたら……サラは寂しくないかもしれないでしょう?」
私は大きなディグレに抱きついた。
ディグレの温もりを感じる。私もディグレも生きているのだ。
それがまるで尊い奇跡の様な事に思えた。
どれぐらいの時間そうしていただろうか。ディグレは私の気持ちが落ち着くまでされるがまま。
ジッと耐えていた、ディグレの体がピクッと急に動く。
「……ディグレ?」
私がディグレの様子を見るためにその大きな体から離れると、ディグレは急に立ち上がった。
その目はキラリと光り、耳は微かな音も逃すまいとしているかの様にピクピクと動いている。
そして、何かに気づいた様に走り出した。
「ディグレ?!!」
私もディグレの後を追って走るが、その速さは段違いだ。みるみる間にディグレの姿は小さくなった。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
私がやっとディグレに追いついた時、ディグレは毛を逆立てて地面に向かって唸っていた。
ここは、私とディグレが出逢った場所。サラの結界の境界線だ。
サラの結界はその力を段々と失っているようで、きっと昔はこの森全体を覆っていたのだろうが、今ではあの小屋の周りだけ。
ディグレはこの結界に誰も立ち入らない様にずっと守ってきたのだろう。
「ディグレ………これは……」
ディグレが唸っているもの……それは地面に横たわる人間だった。
私がそれに近寄ろうとすると、ディグレが私のワンピースのスカートの部分を優しく噛んで引っ張った。
心配している様だ。近づくなと言っているのだろう。
「だ、大丈夫よ。気絶してるみたいだし……」
その人物はうつ伏せに倒れていたが、顔は横に背けていた為、辛うじて顔を確認する事が出来そうだ……が、顔の向きは逆。森の入り口の方を向いていた。
私はそーっと顔が見える方へと回り込む。
ディグレも心配そうにその後を付いてきた。
そして私はその顔を確認する。
「は?え?ロナルド様?!」
そこに倒れているのは、なんとこの国の第二王子、ロナルド殿下だった。