「体は動きます?怪我などは治しましたけど……」
「その前に、この白いのを退けてくれ」
「フフフッ。『白いの』じゃなくてディグレです。ロナルド様を此処まで背に乗せて運んでくれたんですよ?お礼を言ってください」
「礼?あ、ありがとう」
ロナルド様は戸惑った様にディグレに礼を言った。
ディグレは『フンッ!』と盛大に鼻息をロナルド様に吹きかけると、その場をノソノソと離れる。
すると、ロナルド様はゆっくりと上半身を起こした。
「ここは?」
「魔女の館です」
私がそう言うと、ロナルド様は寂しげな顔をした。彼がそんな顔をする必要はないのに。
「すまなかった。お前を助けられなかった」
「でもあそこで声を上げて下さいました。それだけで充分です。誰にもあの場であの結果を覆す事は出来ませんでした」
「だが……。いや、過ぎた事を色々と言っても仕方ない。でも良く無事で。良かった」
「ええ。私、逞しいので。……なんて。それは全て、サラとこのディグレのお陰です」
「サラ……?」
「ええ。さ、そんな話は後にして何か召し上がりませんか?……と言っても魚しかないんですけど」
「魚は好物だ」
ロナルド様はそう言って微笑んだ。
「で、サラと言うのは?」
魚をあっと言う間に平らげたロナルド様が、私に尋ねる。
「この小屋の持ち主です。強いて言うなら初代魔女……といった所でしょう。だけど彼女も私と同じ……聖女候補でした」
「聖女候補……ならば聖なる力が?」
「はい。……歴代の王妃にローラ様……という人が?」
「あぁ、居た。もう百年……いや二百年程前の王妃だ」
「サラはその王妃の……双子の姉です」
私の言葉にロナルド様は目を丸くして固まった。
「どうして王妃の姉がそんな事に……?」
私は事の顛末……どうしてサラが魔女と呼ばれる様になったのか……を掻い摘んで説明した。
まだランドルフとその子どもについては話が出来ない。私の中でもまたこの気持ちを整理できずにいたからだ。
「確かに御伽噺の中の魔女は怪しい薬や道具で人を操っていたが……」
「多分……そう仕向けた話を元に御伽噺は作られたのでしょう」
「だが……王妃の姉が魔女だった……なんて記載は何処にも残っていない。……そうか……存在そのものを消したのか……」
「彼女はサラと言う名前も無くし……『魔女』と」
「ここは彼女の?」
「はい。ここには結界が張ってありました。それで動物達を守っていた。ローラも聖女として魔王を封印をしたから王妃として歴史に名を残しているのでしょうが……その影にはサラという女性がいた事をこの国は消してしまったのです」
「まるで……クラリス、お前と一緒だな」
「ロナルド様………」
「お前の力は本物だ。お陰で俺の体もほら、元通り!」
私がずっと暗い顔をしていたせいか、彼は戯けた様子で力こぶを作って見せた。
「癒しの力は誇れる程ではないんですけどね。でも元気になられて良かったです。倒れている人物がロナルド様だと分かって、どれだけ驚いたか」
「いや〜森に入ってからの記憶が殆どないよ。この森のせい……とか?」
「まさか。この森は長い間サラの結界に守られてきました。ロナルド様は極度の疲労と脱水で倒れたんですよ」
「……そうか。あ!俺の馬!!」
ロナルド様が急にガタン!と立ち上がる。
私の足元で寝転んでいたディグレが一瞬驚いて顔を上げた。
「ちゃんと連れて来てます。馬もちゃんと癒していますから、今は元気に草を食べてますよ」
「あ……そうか。いや、本当にありがとう。色々」
ロナルド様はストンと椅子に腰を下ろした。
「ところで……ロナルド様は何故こんな所に?この森は立ち入り禁止ですけど……」
「あ!一番大切な話を忘れていた。なぁ、クラリス。俺と下剋上を目指さないか?」