〈ウィリアム視点〉
「国の為だ」
そんなお決まりの言葉を口にした僕を老女は鼻で笑った。
「ご自分達の為でしょう?……そう言った所で、貴方には何も変えられない。貴方はきっとこの国の王になるでしょうが、貴方は陛下に倣ってこの国を治めるだけの王になるしかありません」
「そ……それの何処が間違えているというのだ」
何なんだこの女は。どうして僕がこの老女の言葉に動揺しなければならないのか。
しかし彼女はそれには答えず諦めた様に笑った。
「その答えをこんな、なり損ないの私に尋ねるのですか?少なくともその答えはご自分で見つけなければ意味がありませんよ」
そう言うと、彼女はゆらりと立ち上がった。
「何処へ行く?」
「さぁ……何処に行きましょうかね。行く当てはありませんが、何とかなるでしょう」
彼女は僕の脇を通り過ぎて扉へと向かう。
「王太后を……!お祖母様をこのまま見捨てるのか?!」
僕はその背に声を掛けた。彼女は扉のノブに手をかけたまま、
「見捨てる?勘違いしないで下さい。見捨てたのはこの国であって、私じゃない」
と言うと、徐ろにこちらに振り返った。
「それに……アンナ様の魂はもう此処にはありません」
それだけ言うと、老女は扉をガチャリと開けて出て行った。
僕はそこに呆然と立ち尽くす。
幼い頃から信じていたものが崩れ落ちそうで、僕はお祖母様の顔を見ることなく、慌ててその場を立ち去った。
「ウィリアム殿下!皆様捜しておいででしたのよ」
向こうから派手なドレスのアナベルが僕を見つけて駆け寄った。
「王太后に出発の挨拶を……」
そう口に出しながら、僕はお祖母様の側にも寄らずに部屋を出た事を後悔した。
「そうでしたの。陛下が殿下をお呼びですわ。さぁ、一緒に参りましょう」
アナベルは僕のエスコートを待つように、横に立つ。僕は無意識に彼女へと腕を差し出していた。
「ところで、そのドレスは?」
「だって、国民の皆様が沿道で見送って下さると思うのに、みすぼらしい格好では外に出られませんわ」
「だが、君は馬車の中だ。そんなに皆からは見えないよ」
馬に乗る僕なら話はわかるが、何故彼女がここまで着飾っているのか理解できなかった。
「え?ランドー馬車ではないのですか?」
「君が乗るのは普通の馬車だよ」
彼女は自分が国民からどう思われているのか、まだ知らない。
『聖女のくせに王宮で食っちゃ寝をしている怠慢聖女』
『結局は王太子妃の座が欲しかっただけの強欲令嬢』
国民の多くが彼女をこう呼んでいた。
ランドーなどで市街を周れば、石でも投げられ兼ねない。ただでさえ彼女の願い通りにお触れを出したのだ。害をなさんとする者が現れたりすれば大問題になる。
「それでは国民の皆に私が聖女である示しがつきません」
「大丈夫。君が聖女に選ばれた事は広く国民に知らせてある。それで十分だ」
そう。そうやって大々的に新しい聖女が決まった事を知らせたのにも関わらず、全く動く気配のない聖女に、国民はとうとう業を煮やしたのだ。
聖女決定から約一週間。この一週間で、魔物の量は倍増したと報告が上がっていた。
しかし、彼女はそんな事はお構い無しだ。
聖女の力がなければ魔王の封印は不可能だ。彼女の体調が万全でなければ出発もままならないのは、十分理解していたし、毎日聖騎士が彼女の体力の回復に努めていたのも知っている。
だが、彼女は中々動こうとしなかった。その結果が今のこの状況を生み出している事も彼女にとってはどうでも良い事の様だった。
アナベルは少し不満そうにする。僕の腕にかかる彼女の手の甲を僕はそっと撫でた。
「魔王を封印した暁には、盛大にお披露目をしよう。きっと国民もその方が喜ぶ」
僕の提案にアナベルは満更でもなさそうな顔をした。
「そうですわね。それに立太子の式や私達の婚約披露。皆様にお祝いしていただく機会は山程ありますものね」
彼女の機嫌が上向いた事に僕は内心ホッとした。
また出発を延期する……などと言い出したら目も当てられない。
彼女をエスコートしながら陛下の元へと向かう僕の心にふと疑問が湧き上がる。
ー僕は何になりたかったんだろうー