「少し横になったらどうだ?」
何とか平らな場所を探して、ロナルド様が敷物を敷いた。
「ロナルド様こそ、重い荷物を持ってここまで登って来たのですから疲れたのではないですか?」
私はそこまで言うとハッとなってロナルド様に手を翳した。
「おい。力を使うな」
「すっかり動物達とののんびりとした生活に慣れきっていて、誰かを癒すという事を忘れておりました。大丈夫ですよ。今は夜なので」
「あぁ……身体が軽くなった。ありがとう」
「いいえ。これぐらいなんて事はありません」
私はその後で、ディグレも撫でながら彼を癒していく。ディグレもここまで頑張ってくれた。立派な私達の相棒だ。
「やはり夜の方が力を発揮しやすいのか?」
「そうですね。だからって魔女だなんて言わないで下さいね」
戯けた調子で言ったのたが、ロナルド様は無言だった。少し気まずい。
「呼び方なんてどうでも良い。お前が言った通り、呼び方が変わろうとお前はお前。クラリス、お前の素晴らしさは変わらない」
「えっと……。そんなに褒められると照れますね」
私の顔が熱いのは、きっとこの焚き火のせいだと、自分に言い訳をする。
「珍しいな。お前が照れるとか」
「私を何だと思っているのですか?」
「……強い女だと思っているよ」
今度は少しだけロナルド様が照れた様に顔を伏せた。
しかし……
「それって女性を褒める言葉ではないですよ?」
私にはロナルド様の照れてる理由がさっぱり分からなかった。『強い女』と言われて喜ぶ女性が居るなら見てみたい。
「ほ、褒めてるだろうが!お前が今までの暮らしの中で、色々あっただろう事は何となく理解した。だがお前は泣き言も言わず、前を向いて生きている。……正直、あの森でお前に会えるかどうかも分からなかった。たとえ会えたとしても正気を保っていないかも……とか、色々考えながら森へ来たんだ。まさか笑顔のお前に会えるなんて夢にも思っていなかったから……驚いたし、素直に凄いって思ったんだ」
「それはこのディグレのお陰です。それに殺されなかっただけマシだと思いました。あの森の暮らしも慣れれば良いものだと思えましたし」
「だから強いって言ったんだ」
「ならば一応褒め言葉として受け取っておきます」
すると、今まで伏せて目を閉じていたディグレがピクンとして顔を上げた。同時に低く唸る。
「魔物か?!」
ロナルド様が直ぐに剣を手に取った。
「結界を張っているので、大丈夫な筈ですが……」
そう言った私の目の前に土の中からヘビの様に長細い魔物が飛び出して来た。
私は咄嗟に盾の様に結界を自分の前に張る。それに弾かれた長細いな魔物は後ろで待ち構えていたロナルド様に切って捨てられた。
「土の中から……」
唖然とした私が言う。
「盲点だった、すまない」
と何故かロナルド様は謝った。
「いえ、私も油断していました。下にも結界を張り直します」
私は土に掌を向け、急いで結界を張る。まさかこんな所から……。
私とロナルド様は目を合わせて安堵の息を吐いた。
「見たこともない魔物が居ますね」
「あぁ。全く油断出来ないな。だが、ディグレ、お手柄だった」
ディグレの鼻先をロナルド様が撫でる。ディグレは得意そうに鼻を鳴らした。
計り知れない怖さがあるのは確かだが、私はロナルド様とディグレの存在に何故か安心感を覚えていた。二人が居れば、もっと強くなれる。そんな事を思いながら私はいつの間にか眠りについた。
「ハァ、ハァ」
「大丈夫か?手を貸そう」
ロナルド様の手を掴むと、彼は私を思いっきり引っ張り上げた。
「あ、ありがとうございます」
「少し休むか?」
「ハァ……いえ、まだ先は長いので」
頂上に近づくにつれ、崖とも言える程の急勾配になった。岩をよじ登る様にして上へと上がる。
そんな時でも容赦なく魔物が現れるので、私はさっきから強めの結界を張りっぱなしだった。
昼間のこれは正直きつい。だけれどもここで音を上げる訳にはいかなかった。
結界に弾かれて、黒い霧になった魔物の数は数え切れない。流石にこの状況では魔王が封印されたとは思えない。まだアナベル様とウィリアム様が何処にいるのかは分からないが、私達は先を急ぐしかなかった。
岩山を登り続けてどれぐらいが経っただろう。手が痺れてきた。
ディグレが心配そうに私の横を登っているが、ディグレにとってもこの岩場は登る事が難しそうだ。
「おい。俺が背負ってやろう」
「とんでもない。私、見た目通り重いので」
そんな軽口にも力がない。弱々しい私にロナルド様も心配そうだ。
「無理はするな。お前の一人や二人背負ったって平気だ」
「大丈夫です………アッ!!」
手が汗で滑る。岩を掴んでいた右手が空を掴む。
(落ちる!!)
そう思った瞬間、ロナルド様の手が私の右手をガッシリと掴んだ。
ちなみにディグレも私の襟元を咥えている。
「大丈夫か?!」
「は、はい……何とか」
ロナルド様がぐいっと片手で私を自分の足場のところまで引き上げた。
その手を離すと次は腰をグッと抱きしめる。顔も体も近い。
「凄い力……」
照れ隠しに思わず漏らした声に、
「鍛えてるんだ。国民を守る為には軟弱な奴は必要ないだろ?」
と息を切らせながらも、ロナルド様は微笑んだ。
私は直ぐ様、彼に手を翳す。
「おい!」
「こんな事しか出来ませんから」
「馬鹿だな。お前がいなければとっくの昔に俺は魔物にやられていたよ。結界を張りながらここを登るのはやっぱり無謀だったんだ。大人しく俺に背負われてろ」
狭い足場ながら、私は何とかロナルド様の背に上る。
「ディグレ、お前がこれを持て」
背負っていた荷物をロナルド様はディグレに渡す。
ディグレはそれを咥えるとまた私達と共に登り始めた。
ロナルド様の大きな背中にホッとする。私は彼に見つからない様に、そっと彼に手を翳し続けた。