〈アナベル視点〉
この一個隊に結界を張りながら一日を過ごすのは、私の体力を思いの外消耗した。それが三日ほど続いた夜、我慢出来なくなった私はウィリアム殿下のテントを訪れた。
草を踏む私の足音が響く。この静けさの理由をこの時の私は知る由もなかった。
「ウィリアム殿下、少しお話があります」
ウィリアム殿下は討伐隊の副隊長と共にテントに居た。
彼は私の顔をチラリと見ると、小さくため息を吐く。私はそのウィリアム殿下の態度に少しムッとした。
彼等は私の結界に守られており、魔物と戦う事なくここまで来た。そう彼等はただ、旅をしているのと一緒だ。私と違って。
殿下は改めて私を見ると、気持ちを切り替える少しだけ微笑んだ。
「やぁアナベル、何か用かな?」
ウィリアム殿下の目の下はよく見ると、くまが出来ており、テントの薄暗灯りでも分かる程に顔色も悪かった。疲労が色濃く見えるが、私にはそれさえも不満だった。何故、貴方達が疲れているの?そう思うと私の口調もついついきついものになる。
「『何か用か』ではありません。ここ数日結界を張りながら旅を続けて来ましたが……、もう限界です」
「限界……?」
「はい。このままでは魔王の封印場所に辿り着く頃には私の力が使い果たされてしまいます。夜になり一応聖騎士が私を癒しに来ていますが、あの者達の力では、回復もそこそこ。やはり……なり損ないでは力不足という事です。ですから……」
「ちょっと待て。聖騎士は怪我をした騎士達の治療も担ってくれているんだ。そんな言い方はないだろう?」
珍しくウィリアム殿下が不機嫌になったのがわかる。だけど、私は今日こそ引くつもりはなかった、何と言われても。
「怪我?私が結界を張っているのに、怪我をする訳が……」
「君は就寝時に結界を解いてるね?」
「……当たり前ではないですか。寝てる間まで力を使えと?それこそ、私の力が枯渇してしまいます」
「聖なる力は枯渇しない。年齢と共に衰えてしまうが、君の歳で枯渇する事はないよ」
「殿下……貴方は聖なる力を持ったことがあるのですか?」
「いや……だが……」
「力を行使するのは酷く疲労します。当の本人が言っているのですから間違いありません。それとも封印前に私が使い物にならなくなっても良いと言うのですか?」
私の剣幕にウィリアム殿下は一度硬く目を閉じた。そして、
「それで、聖なる力を持たない僕にどうしろと?」
とやけに皮肉っぽくそう言った。何なのこの態度?!
「前にも行った通り、私の馬車とウィリアム殿下だけに結界を張ります。それ以外の隊員には聖騎士達に結界を張らせて下さい」
「フッ……」
ウィリアム殿下は急に鼻で笑った。
「何がおかしいのです?」
「君は今、この状況を見ても何も思わないのか?」
そう言われて私は周りを見渡す。
殿下のテントには副隊長と殿下のみ。周りの隊員のテントも確かに静かに思えたが、だから何だと言うのか。
「何の話です?はっきりおっしゃって下さい」
「お、お前……!!」
副隊長が顔を赤くして、一歩前に出ようとするのを、殿下は厳しい顔つきのまま手で制した。
「君が夜になり結界を解いたお陰で随分と隊員が魔物にやられたよ。命は……本当にギリギリの所で聖騎士に助けて貰ったが、魔王の場所まで連れて行く事は不可能でね。隊員は随分と減った。聖騎士は夜、隊員の怪我を癒しながら、君を癒しに行き、君と僕に結界を張ってくれているが、全員に結界を張るのは無理だ。このままでは……魔王の元へ辿り着く頃には僕達二人きりになってしまうかもしれない。それでも君は嫌だと言うのかい?」
静かな理由が分かった所で私は自分の意見を曲げるつもりはなかった。魔王の封印にどれほどの力を使うのか分からない。私はなるべく自分の力を温存しておきたかった。封印までの道のりでこんなに苦労するとは、正直思っていなかったのだ。
「魔王の封印に必要なのは、私と殿下。他の者はそこに行くまでの盾でしかありません」
「き……君は。本当に君は聖女なのか?」
私の答えが意外だったのか、ウィリアム殿下は口元を震わせながらそう言った。
「陛下よりティアラを賜ったのは間違いなく私です。魔王を封印する時、私の言葉が間違っていない事を証明してみせますわ」
「お前が!!お前がさっさと出発しないから、ここまで魔物が増えたんだ!!そうでなければ、俺の部下がここまで犠牲になることは……っ!」
副隊長は何度も何度も机を拳で叩きながら、声を絞り出す。
「犠牲って……亡くなった訳では無いのでしょう?大袈裟な……」
「アナベル、欠損した身体の一部は聖なる力を持ってしても、元には戻らない。彼等はもう騎士を続ける事は難しい。その意味をもう少し考えてから発言して貰えないか」
ウィリアム殿下が静かに怒っている。初めて見たかもしれない。
だからと言って、私は私の考えを曲げるつもりはない。
「討伐隊に選ばれた段階でそれぐらい覚悟の上なのでは?殿下をはじめ討伐隊の皆は聖なる力に頼りすぎです。私がいれば楽に此処まで来れると楽観的に考えていらっしゃったのではないですか?」
「今までの聖女はちゃんと、自分の役割を理解していた。討伐隊と力を合わせ、封印を行っていたんだ」
ウィリアム殿下が私を責めているのが分かる。彼は何を勘違いしているのだろう。
「殿下、何度も言いますが封印には私の力が必要。それに……封印出来なければ貴方も王太子にはなれませんよ?」
「魔王が封印出来なければ、この国が終わる。その時に王太子だなんだと言ってはいられない」
私とウィリアム殿下は睨み合っていた。副隊長は悔しそうに机の上の地図をグシャリと握りしめる。
「……。私の考えは変わりません。私の馬車とウィリアム殿下にだけ結界を。それ以外は聖騎士にでも頼んで下さい。……あぁ、彼女達の結界では然程長い間は魔物を防げないでしょうから、騎士としては腕の見せ所ですわね。せいぜい今までの成果を見せて下さいませ。それでは失礼」
私は二人の刺さるような視線を感じながらも、振り返ることなくテントを後にした。