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第56話

自分の気持ちに気づかないフリをする。


「さて……行くか。ここからは少し下るが、暫くすると向こうの山に合流する道がある。そこからはまた登りだが、そこまで急勾配ではないはずだ」

ロナルド様は木の枝で地面の上に絵を描きながら、説明した。私はそれを見ながら自分の気持ちがロナルド様にバレては大変だと必死に蓋をする。

私ってば、なんて単純な女なんだろう。ちょっと優しくされればコレだ。子どもの頃は優しく話しかけてくれたウィリアム様、次はロナルド様だ。どうしてこう人の優しさに弱いのかと頭を抱えそうになる。

そんな私の様子に気付く事もなく、ロナルド様は立ち上がると、出発の準備を始める。私もそれに倣って立ち上がった。しかし、ディグレは何故か私の顔をジッと見ている。


「なぁに?ディグレ」

ディグレは何か言いたそうに私とロナルド様を交互に見た。

もしや!

私はしゃがみ込んでディグレと視線を合わせると小さな声でこう言った。


「ディグレ、絶対に内緒だからね」

ディグレは私の些細な変化を見逃さなかった。ディグレは私に呆れた様に鼻を鳴らす。こちとら人間だ。動物と違って好きだからと猛烈アピールする事など出来やしない。


「どうした?腹でも痛いのか?」

私達二人の様子にロナルド様がデリカシーのない一言を掛けた。


「いえ!出発しましょう!」

私はディグレに視線で『言うなよ!』ともう一度念を押して立ち上がる。ディグレはまだ私を呆れた様子で眺めていた。

今日も結界を強めに張って出発だ。

魔物の気配はする。私の結界を警戒しているのが肌で伝わってくる。


「流石に襲って来ないな」


「そうですね。無駄死にはしたくないんでしょうし」


「順調だが、このままだと、目的の場所に着くのは夜になるかもしれない」


「私としては願ったり叶ったりですけど……」

ただ視界が悪くなる分、ロナルド様には不利になる。魔物も夜は力が溢れる。この結界でも効かない魔物も現れるかもしれない。

下りだという事もあって、最初は順調だったが、次第に足が痛みだす。

ディグレが私の手の甲を鼻でチョンチョンと押した。


「背中に乗れって言ってるんじゃないのか?お前、足が痛いんだろ?」

二人とも良く気付くものだと感心した。


「えっと……少し」


「ならば、ディグレに甘えたらどうだ?昨日は俺に良い所を取られてディグレも拗ねてるんだ。下りは楽な様で登りより足に負担がかかる」


「ディグレ……じゃあ下りだけ乗せて貰っても良い?」

ディグレは当然と言わんばかりに、地面に伏せた。私はその大きな背中に乗る。ディグレは私を乗せたまま、フワリと立ち上がると満足気に歩き出した。


「ディグレ、ありがとう」

私はディグレの首元を撫でながら、癒しの力を注ぐ。

正直、この先にディグレを連れて行くのは不安だ。


「ロナルド様……ディグレに結界を張って谷間に置いていこうと思うのですが……」

ディグレの耳が忙しなくピクピク動くと、急に立ち止まった。

それを見てロナルド様は苦笑いだ。


「ほらみろ。置いていくなんて言うから不満そうだぞ」 


「でも……」

ディグレに何かあったらと思うと、私は胸が潰れそうな程苦しくなる。


「大丈夫だ。俺もディグレを守ると約束する。旅の相棒を置いていくなんて言ってやるなよ。たとえそれがお前の優しさであっても……だ。ディグレだって此処まで覚悟して来てる。もちろん俺だって」


「ロナルド様……」


「向こうは大勢の精鋭を従えてやってくるが、俺達はたった三人だ。万が一も考えてるさ。だが、お前達だけは守ると誓う。俺のわがままに付き合わせた、せめてもの罪滅ぼしだ」


「馬鹿を言わないで下さい!!私が二人を守ります!ロナルド様に万が一なんて起きません!だって……ロナルド様に何かあったら、この国を誰が変えてくれると言うのですか?」


「お前が兄さんと結婚して変えてくれたら良い」


「嫌です!!」

ほんの一瞬、ウィリアム様と結婚した自分を想像しようと試みたがダメだった。今の私にとっては……ウィリアム様ではダメなのだとはっきりと気付いた。


「嫌って……」


「だ、だって……!そんなの私には荷が重すぎます!それに……それに……」

『貴方が良い』と言えない私は、言い訳を考えて、頭を回転させようとするが、動揺が勝ってしまって、中々いい言葉が思いつかない。


「なんだそうか。ハハッ!あんまり力強く否定するから、兄さんと結婚するのが嫌なのかと思ったよ。そっか、そうだよな。そんな訳ないか、お前の好きな人だもんな」

ロナルド様がそう言って笑う。私が貴方を好きだと言ったら、貴方はどんな顔をするのかしら?


「そ、そうですよ。それに……やはりロナルド様を失うのは……嫌です」

私は小さな声でそう言った。魔物が遠巻きに窺っているこの山で、私の小さな声もロナルド様には聞こえたようだ。


「そうか。……俺も嫌だよ。お前を失うのは」

たった一言だった。愛の告白でもない。それでも私はその言葉が涙が零れそうな程、嬉しかった。





























































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