〈アナベル視点〉
「此処だ……」
ウィリアム殿下が大きな岩を見上げて呟いた。
岩というより大きな岩で出来た扉の様だ。
洞窟だと言うのに、急に開けた場所に出たかと思えば、そこに複雑な紋章が描かれた岩がそびえていた。この紋章……聖女となってからすぐに大司教に呼ばれて見せられた物だ。
◇◇◇
『これが封印の扉です』
大司教は古びた紙を私に見せ、続けて話した。
『この側に聖なる剣が突き刺さっています。それを引き抜けるのは今は王族のみ。貴女はそれにありったけの聖なる守りの力を注ぎ込みます。それを王族……今回はウィリアム殿下ですね。殿下がこの扉のある部分に突き刺す。それで封印は完了です』
『ある部分?』
『はい。それを知るのは王族のみ。教会と王宮。一体の様で一体ではありません。こうして、一部分を秘匿する事で王族は教会に大きすぎる力を持たせない様にしているのです』
そう言った大司教の顔は複雑そうなものだった事を覚えている。
『聖女を囲うだけじゃ飽き足らず、そうやって王族の面目を保っているというわけですか……そう考えると王族など、大した事はありませんね』
私のその言葉に、
『しかし……だからと言ってあまり驕りすぎない様に。聖なる力は神が与えた宝です。使い方を間違えては神の怒りに触れる事になるかもしれません』
と偉そうに苦言を呈した。
神職者かもしれないが、何の力も持たぬ男にそんな事を言われた所で、私には何の意味もない……あの時はそう思っていたが、ここに来て自分の力が不安定になっている事に一抹の不安を覚える。しかし、それは決して口にしてはいけない事だ。
◇◇◇
此処に辿り着いたのは、私、ウィリアム殿下、副隊長の三人のみ。もう一人の護衛と聖騎士は途中で足を怪我したので置いてきた。歩けない者など此処に居ても邪魔なだけだ。
しかし、その副隊長も大きな怪我を負っている。止血の為に足に巻いた白いスカーフも真っ赤に染まっていた。
ウィリアム殿下も頭に怪我をしたが、流石にそれは私が治した。彼が居なくなれば、私一人で封印しなければならなくなる。あの剣なしに封印する術を私は知らない。初代がたった一人でどうやって封印を成し遂げたのかは知りたくもなかった。
「剣を……」
私が声を掛けようとした瞬間、地響きが鳴り響く。
『ゴゴゴゴゴゴゴゴ』
次は地震の様に地面が揺れる。私はバランスを崩し尻もちをついた。すると、私の目の前に居た副隊長の体が突然宙に浮いた。
大きな蝙蝠の様な翼を広げた魔物が鎌の様に鋭い鈎爪を副隊長の肩に食い込ませ、彼を空へと舞い上げたのだ。
「うわぁぁぁ!」
驚いた副隊長が足をバタつかせる。しかし、彼が暴れれば暴れる程に、肩には鋭い爪が食い込み、両方の袖を血で染めていた。
ウィリアム殿下は思い切っり飛び上がり、何とか魔物の脚を斬りつけようと試みるも、別の場所からワラワラと耳の尖った、黒い魔物がその赤い眼を光らせて、殿下に襲いかかる。彼もそれを薙ぎ払うのに必死だ。
その間も、副隊長はますます空高く魔物に吊り上げられて行く。もう今更それを止める事も出来ず、下手に手を出すと、副隊長は地上へ真っ逆さま。あの高さからでは命も危ない。
私は瞬間的に立ち上がり岩陰へ身を潜めた。強く結界を張るがそれでも怖くて仕方ない。
震えながら私は、空に舞う副隊長をただ口を開けて見ている事しか出来なかった。
「うあぁ!!」
ウィリアム殿下が魔物にやられたのか、頭から血を流している。殿下に結界を張らなければ……そう思うのに、体は動かない。ここで殿下を守って自分に被害が及ぶのが怖い。私は自分がどうすれば良いのか、全く分からなくなっていた。
その時だった。
「兄さん!!」
今にもウィリアム殿下の背中を鋭い爪で切り裂こうとしている魔物に、そこへ駆け寄った誰かが斬り掛かった。
「あれは……ロナルド殿下?」
斬りつけられた魔物は叫びながらも今度はロナルド殿下に狙いを定めた様だ。すると、今度は白い獣が弾丸の様に飛び出すと、その魔物の背を引っ掻いた。あれは……虎?それとほぼ同時にロナルド様は怯んだ魔物の首を撥ねる。首はゴロゴロと転がって、私の目と鼻の先でピタリと止まった。赤い瞳は光を失っている筈なのに、私を睨んでいるようで私は叫び声を上げそうになる口を両手で押さえて必死に耐えた。せっかく隠れているのに、魔物に見つかってはまたこの結界を破られかねない。
「ロナルド!!何故此処に?!」
ウィリアム殿下が心から驚いている。ロナルド殿下を呼びつけた……というわけでは無さそうだ。それと同時に、ウィリアム殿下が一瞬眩い光に包まれた。
「あれは……っ!!」
私は先ほどまでの恐怖を忘れ、岩陰から飛び出していた。
「何で貴女達が此処にいるのよ!!」
私は質問しながら目の前の女……クラリスに鋭い視線を送った。