「アナベル様、ご無事だった……」
私は心からアナベル様の無事を喜んでいたのに、彼女の口から出たのはこんな冷たい言葉だった。
「魔女が何の用なの?それとも魔王の復活に力を貸そうという魂胆ではなくて?!」
彼女は自分にだけ結界を張っている様だが、その結界は所々歪んでいて、とても歪な形をしている。アナベル様は力を出し切れていない……そんな印象だった。
しかし……まさか私が魔王の手助けに来たと思われているなんて。心外だ。
アナベル様が私を睨む。それを遮る様にロナルド様が私を背に隠した。
「うるせぇよ。お前こそ何をやってんだ?自分だけ結界の中か?いい気なもんだ。それで聖女って言えるのかよ!」
ロナルド様の言葉にもアナベル様は動じない。
「ウィリアム殿下が私は自分だけを守れば良いお言ったのよ。文句があるなら、殿下に言ってちょうだい」
その言葉にロナルド様はウィリアム様を振り返った。
「それは……」
ウィリアム様が口を開きかけたその時、
『ゴゴゴゴゴゴゴゴ』
とまた大きな地鳴りが鳴り地面が揺れる。嫌な予感がした。
「見ろ!」
ちょうど振り返っていたロナルド様が指をさす。
一斉に私達はその指の指し示す方向に視線を向けた。
「あ、あれは……」
声が震えた。複雑な紋章の扉がボロボロと崩れ落ちている。そこから無数の小さな黒い塊が飛び出して来た。
私は咄嗟に私達皆に結界を張る。無数の小さな塊は私達目掛けて飛んで来ては、結界に当たり黒い霧となる。数が多すぎて、結界の周りは黒く煙った。
そしてその黒い霧が晴れた瞬間、先ほどまで扉のあった場所に黒いマントを纏い、長い黒い髪を靡かせた大きな男が現れた。
「あれは……?」
私はその正体を理解していた。しかし心が拒絶している。そんなはずはない……と。
「魔王……だ……」
ウィリアム殿下が呟いた。彼の声もまた、震えている様だった。
魔王はその背丈こそ、私達の倍程はありそうだが二本足で歩くその姿はまるで人間の様だった。しかし、その瞳は赤く光り、頭には二本のねじれた角を持つ。間違いなく人ではない、何かだ。
『久しぶりだ……この世界も』
まるで頭に直接響く様な声。ただ、その声を聞くだけで、頭が割れそうに痛い。
「クラリス、大丈夫か?」
ロナルド様はこめかみを押さえながらも、私を気遣ってくれる。
「な……何とか」
私がウィリアム様を見ると、彼も辛そうな顔をしながら頷いた。
「た、助けて!痛い!頭が痛い!!」
そう叫ぶのはアナベル様だけだ。アナベル様の金切り声に、魔王は顔を顰めた。
『煩い』
魔王が掌をこちらに向ける。そこから赤い光が放たれた。
『パリン!』
一瞬にして私の結界が破られる。私は急いで結界を張り直そうとするも、続けざまにその光が私達を襲う。
アナベル様に一直線に向かうその光を私は自分の力を盾に変え既の所で遮った。
「いやっ!!誰か!!」
魔王が自分を狙っていると分かり、アナベル様が背を向けて逃げ出した。
魔王は眉をピクリと上げたが、アナベル様から興味を失った様に私達に視線を戻した。
『くだらん。お前達は少しは楽しませてくれるのか?』
魔王が手に持っていた、槍を振るうと、先ほど現れた黒い魔物が今度は牛程の大きさに固まると飛びかかって来た。
「手分けしよう!」
私達は各々バラバラに別れ、その魔物を倒していく。分が悪いのは怪我をしているウィリアム様のようだが、私も彼を守れそうにない。
ディグレが魔物を切り裂き、ロナルド様がその首を撥ねる。ウィリアム様も劣勢になりながらも何とか一匹倒した様だ。
私は力を集中させ、弓を射る。弓は三本に別れ、三匹の魔物を同時に黒い霧と変えた。
「そ……その力は……」
ウィリアム様が肩で息をする。そこにまた魔物が彼を襲う。私は急いで彼の前に白い盾を降らせた。
『ガン!』
魔物はそれにぶつかり、黒い霧となる。
私はもう一度力を集めると、空に向かって放った。白い光は盾へと姿を変え、各々の前に壁となる。
「結界を張る暇がありません!上からの攻撃に気をつけて下さい!!」
光の壁は前からの攻撃しか防げない。しかし、今の私にはこれで精一杯だ。
「お前は?!」
私の前には何もない。無防備なのは私だけだ。
『聖女か……懐かしい』
魔王がニヤリと笑う。
「かかって来なさいよ!」
魔王の力が桁外れな事は直ぐに理解した。ここで魔王とやり合えるのは私だけだ。