〈ウォルフォード侯爵視点〉
「どうにか、ローナン公爵家の侍女に話を聞けないか……」
マルコという男に祖父を探す手助けをする事を約束して、家へ帰した。
「…………旦那様、私を解雇して下さい」
アメリの振り絞るような言葉に私は驚いて聞き返す。
「アメリ、いったい何を言い出すんだ!?」
「私がここを辞めてローナン公爵家に侍女として働きに行きます」
アメリは思い詰めた表情で私にそう言った。
「馬鹿を言うな。お前の顔はきっと向こうに知られている。ローナン公爵が雇うわけがないし、その侍女がお前に正直に何かを話すとは思えない」
アメリの気持ちは痛いほど分かる。ここでこうして私達で話し合っていても何も解決しない。こうしている間にもクラリスは……。そう思うと私だって居ても立っても居られない気持ちだ。だが、闇雲に動いたからといって上手くいくとは限らない。
「でも……。お嬢様が……」
アメリはエプロンを握りしめて涙を流した。
私は立ち上がりアメリの肩に手を置いた。
「私に考えがある」
「考え……?」
アメリの頬は涙で濡れている。
執事が「旦那様!あれは……っ」と私を止める言葉を言いかけて飲み込んだ。私の表情を見て、何を言っても無駄だと悟ったのだろう。
「アメリから公爵家の侍女の話を聞いた後、彼女の身辺を調べた。その侍女には病を患っている弟が居る」
アメリはそれを聞いて不思議そう首を傾げた。
「病を?それなら、アナベル様に頼んで治して貰うことは出来ないのでしょうか?」
「多分、その侍女はそれが目的で、アナベル嬢に仕えていたのではないだろうか。しかし、アナベル嬢はいまだに侍女の願いを叶えてくれていないようだ。弟の病は治っていない。もしかすると、それを餌に自分に従順な侍女として彼女を側に置いていたのではないかと私は考えているんだ」
アメリはそこまで聞いて眉を顰めた。
「そんな……交換条件みたいなこと……」
「その侍女はきっと藁にも縋る思いだったんじゃないだろうか。これは全て私の想像だが、その弟が今も生きているところをみると、アナベル嬢は完全には治さず、たまに治療を施すに留めていたのかもしれないな。その侍女の弱みをみすみす手放すつもりはなかった……とも考えられる」
「卑怯な……」
アメリは下唇を噛み締めた。
「こちらもその弱点を使わせて貰おうじゃないか。……ソーントン伯爵家へ向かう。急ぎの伝令を出してくれ」
私は執事にそう言って、出かける準備を始めた。
ソーントン伯爵家は王都の郊外にほど近い場所にあった。少し足を伸ばせば、綺麗な高原が広がる丘へ辿り着く事が出来る。王都の中でも緑豊か場所だ。
私はソーントン伯爵家の門を叩く。若い家令が私を出迎えた。
「突然の面会要請に応じていただきありがたい。ウォルフォードだ」
「お嬢様も一度侯爵にお会いしたかったと仰っておりました。応接室でお待ちでございます」
クラリスが魔女の烙印を押され、そのクラリスとの養子縁組を解消しない私達から、多くの貴族が距離を取るようになっていた。王家の命にも背いているのだ、当たり前といえば当たり前だろう。
ソーントン伯爵にこの面会が断られたとしても、責めることは出来ないと思っていた。しかし、ソーントン伯爵……いや、私の面会の相手であるレオナ嬢は快く引き受けてくれたのだった。
家令に案内された私は応接室に通された。そこには既にレオナ嬢が笑顔で待っている。
その笑顔はどこか寂しそうだった。
「お初にお目にかかる。アルバート・ウォルフォードだ」
「はじめまして。レオナ・ソーントンと申します」
私達は軽い挨拶の後、向かい合って腰を下ろした。
私はまず、レオナ嬢へと礼を述べた。
「会っていただけるのか不安だったが……ありがとう。今のウォルフォード家の現状は理解してくれていると思うが、私と会うことはあまり……」
「十分理解しております。ですが私はクラリス様を信じておりますので、私がウォルフォード侯爵とこうしてお話をしている事を誰かに咎められる必要はないと考えております」
レオナ嬢の真っ直ぐな瞳がその決意を物語っていた。私は胸が熱くなる。クラリスを信じてくれている人がまだここに居た事が嬉しい。
「ありがとう……本当にありがとう。私も……いや家族皆、クラリスを信じている。あの子は私達夫婦の可愛い娘だ。何としてでも救ってやりたい」
「私も同じ気持ちです。クラリス様は私の友人……しかし何をどうすれば良いのか……。私は最終試験を棄権した身。あの場に居なかっただろうと言われては、何も言い返す事が出来ませんでした」
レオナ嬢の言葉から、彼女がクラリスの無実を誰かに訴えてくれていた事が分かった。
「それは私とて同じ。クラリスが魔女と断罪されたあの広間には居なかった。いや、クラリスの味方はあの場に誰も居なかったと言っていい。あの時どれほどあの娘が心細かったかと思うと……」
膝の上に乗せた拳が震える。
悔しい……その気持ちが私の心の中を支配していた。
レオナ嬢も私の言葉に辛そうに目を閉じる。
「私は最後までクラリス様が誰よりも聖女に相応しいと考えておりました。今でもその気持ちは変わりません。……ウォルフォード侯爵。私に何か頼みごとがあるのではないですか?その為に此処まで来て下さったのではないでしょうか?」
最後の言葉に彼女の気持ちがこもる。
しっかりと目を開き、私を見据えた彼女の瞳は自分に何か出来る事があるのか?と私に問いかけていた。
「レオナ嬢、貴女の力はまだ封印されていませんね?」
「もちろんです。万が一聖女が魔王を封印出来なかった時のため、私達候補者はまだ聖なる力を使える状態にあります」
そう。聖女候補者達の力を封印する儀式は、聖女が王宮へと戻って来て初めて行われる。いわば、彼女達は『保険』だ。