〈ウォルフォード侯爵視点〉
◆時は少し遡り、討伐隊が魔王封印へ向かって五日程経った頃◆
「王都の郊外に魔物が出たと聞いたが」
「いえ……あれは間違いだったと。……しかし王太后様も亡くなりましたし、王都に魔物の姿が現れるのも時間の問題なのかもしれませんね」
「そうかもしれんな。今の今まで襲われていない方がおかしいのかもしれん。で、領地はどうだ?」
「領民への被害は認められておりませんが、どうしても羊が……。それと護衛が何人か怪我を。亡くなった者はおりません」
「あの新しい聖女は……この現状を見て何を思うのか……」
「旦那様……きっとローナン公爵令嬢は何も思いませんよ、何も」
執事と話していても、考えるのは領民の事と……魔女の森に追放された、クラリスの事だ。
彼女は今頃どうしているのだりう。無事なのだろうか……。
すると執務室の扉がけたたましく叩かれる。
『コンコンコンコン!』
執事が眉を顰めながら、扉を開ける。
「何ですか騒々し……」
執事が言葉を言い終わる前に、護衛が転がるように入って来た。
「旦那様!み、見つかりました!!」
護衛の興奮が伝わる。
「どうした?何が……」
「古道具屋の男です!!今、屋敷に……!」
「何?直ぐ行く。アメリを呼んでくれ!」
私は椅子から立ち上がった。
アメリがお使いの際に見た例の男。あの後直ぐに該当しそうな古道具屋へ使いをやったのだが、店は閉まっており、中には誰も居なかったと報告を受けていた。
だが、私は諦めきれずその男を捜すように指示していたのだが、その男が見つかったという事らしい。
私はアメリと執事、護衛と共に応接室へと入る。
そこには所在なげにちょこんと長椅子に座る、少しガラの悪そうな男が居た。
「ご足労いただき申し訳ない。私はウォルフォードだ」
私が挨拶すると、男はペコリと頭を下げ、
「ミルコ……です。で、こんな立派な貴族様が俺なんかに何の用です?」
と不安そうな顔をした。
「突然で驚かせてすまなかったな。少し訊きたい事があって。君は古道具屋を営んでいるのかな?」
「あぁ……あれは爺ちゃんの店です。俺はたまに力仕事を手伝うくらいで……。でも爺ちゃんが居なくなっちゃって。そっから店は閉めたままです。今日はたまたま用があって……」
「居なくなった?何処へ?」
「それが……分かんなくて。爺ちゃん、別に遠くに頼れる友達が居るとかでもないし、まず俺に無断でどっか行くとか……そんな事今まで一度も無かったんだ……です」
急に思い出した様に敬語を使うこのミルコという男。見た目よりずっと人柄が良いのかもしれない。
「では行方不明……という事かな?」
「なんか……大袈裟だけど、そういう事です。俺が爺ちゃんに最後に会った時……爺ちゃんはあるものを作ってた」
「ある物?それは……?」
「それが……爺ちゃん教えてくれなくて。何か秘密の仕事だとかなんとか言って。爺ちゃんは古道具屋で物の修理とかもしてたから、その類かと思ってたんだけど、随分と根を詰めてたから俺、心配になっちゃって、手伝うよって何回か言ったんだけど、ダメだって」
「じゃあ……それが何だったのかは分からず終いという事かい?」
「うん……だけど、それを頼んだ奴が分かったんだ」
「頼んだ……注文した人……って事だね。それは?」
「うーん……多分どっかの貴族の侍女か……メイドだ。俺、爺ちゃんが納品に行くって言ったから、こっそり後をつけたんだ。爺ちゃんは小さな箱をその女に渡してて……俺、この前その女を街で見つけたから、問いただしたんだけど大声出されちゃって。だけど、あの納品の翌日から爺ちゃんは居なくなった。あの女が何か関係があるんじゃないかと思って……」
私は隣のアメリを見た。彼女も深く頷いている。やはりアメリがあの時に見た男はこのミルコで間違いない。そして古道具屋の主人であるミルコの祖父に何かしら注文していたのが、ローナン公爵家の侍女である事も。