〈ロナルド視点〉
「俺は……兄さんから王太子の立場を奪おうと思っていたんだよ」
俺の言葉に兄さんは少し驚いた表情だ。
「奪う?それは僕が王太子に相応しくない……お前はそう言いたいのか?」
「そうだよ」
俺は間髪入れずにそう言った。
「だってそうだろう?ここまで魔物の被害が大きくなったのは、討伐隊の出発が遅れたせいだ。お陰で魔王まで復活して……たくさんの犠牲者が出た事は兄さんだって良く分かっているはずだ。……。その意味を兄さんは重く受け止めるべきだと俺は思う。これはアナベルだけのせいじゃないよ。あの女をコントロール出来なかった兄さんにも責任がある」
俺にそこまで言われた兄さんは、唇を噛み締めて項垂れた。しばらく俺達の間に沈黙が訪れる。
「……その通りだ。ちゃんと僕だって理解している。だからお前に言われなくても僕は……王太子を降りる気でいたよ」
その答えに、俺もクラリスも驚いてしまった。
「……えっ?本当に……?」
「本当さ。お前が今言った事は全て正しい。僕は聖女に選ばれる事が自分の取るべき道だとずっとそう思って生きてきた。王太后の様な聖女に選ばれる自分でありたかったんだ。だが、それが何を意味するのか……僕は理解しているようで、理解していなかった」
「どういう意味だよ。俺はあんまり賢くないから、もう少し分かりやすい言葉で言ってくれよ」
「覚悟が足りなかった……って事だよ。皆の顔色を窺う事が聖女に選ばれる近道だと思っていた。王太子に、国王になるって事の責任を軽く考えすぎてたんだ」
「まさか聖女に選ばれてそこで終わり……なんて事を思っていたんじゃないよな?」
「もちろんそんな事は思っちゃいないさ。だが、国を思ってお前みたいに行動に移す事も出来なかった。それが今回の悲劇を生んだ」
「兄さん……」
「今回の事を誰かのせいにするつもりはない。責任はちゃんと取るよ」
「責任はアナベルにもあるだろ?あいつにも……!!」
「そこは……教会に任せるよ。……ところでクラリス」
兄さんはクラリスをジッと見つめる。
「はい……」
「何故君もロナルドに付いてあの場に来たんだ?」
クラリスは少し考えると、こう言った。
「大切な人を守る為です」
と。
『大切な人』……か。やはりクラリスは兄さんを……守りたかったんだな。分かっていた事だけど、はっきり聞くと、胸が痛い。生まれて初めて好きになった人が兄さんと結婚するなんて……どんな悲劇だよ。
「クラリス、君のお陰で国が救われた。本当にありがとう」
兄さんはクラリスに頭を下げる。
「あ、頭を上げてください!」
「いや!君があの場に居なかったら……間違いなくこの国は終わっていたよ。アナベルでは……元々無理だったんだ。今後の聖女試験を基本から見直さなければ……」
兄さんはそこまで言って言葉を切った。
クラリスがそこに言葉を続ける。
「聖女はもう……この国に必要ありません」
「た、確かに『聖女』は必要ないかもしれないが、聖なる力は今後も存在する……はずだ。それを正しく使える様にしなければ……!それに、それに聖女は国の平和の象徴で……!」
兄さんの様子がおかしい。どうしてこんなに聖女に拘っているのだろう。
兄さんは王太子になりたかった……というより聖女に選ばれたかった……そういう事なんだろう。
「ウィリアム様……もう貴方は聖女に縛られる必要はありません。それに……聖女は確かに神にギフトを与えられた人間かもしれませんが、だからと言って偉いわけではないのです。そこに優劣をつける必要はありません。貴方は聖女に選ばれる選ばれないに関わらず、素晴らしい人間です。魔王に立ち向かう勇気のある人です。貴方の価値は貴方で決めてください。他者に決められるべきものではありません」
「クラリス……」
クラリスも兄さんの内なる問題に気付いた様だった。……だがそんな二人の姿を見続ける事が出来なくて、俺は立ち上がった。
「ロナルド?どうした?」
「ずっと座っているのも疲れるもんだな。少し散歩してくるよ」
「気をつけろよ」
声を掛けてくる兄さんに振り返らずに手を振った。
気をつけろって……もう俺達を脅かす魔物は居ないんだ。……全てはクラリスのお陰で。