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第72話  Sideロナルド

〈ロナルド視点〉


「クラリスのお陰だ」

そう言って兄さんがクラリスの手を取ると、クラリスは頬を少し染めて恥ずかしそうに俯いた。

それを見て、俺の胸はチクチクと痛む。


自分の気持ちに嫌でも気付く。俺はクラリスが……。だが、俺にそれを言う資格はない。クラリスの左手が痛々しい。彼女は兄さんを庇って怪我をした。……それだけでもクラリスの兄さんへの気持ちの大きさが分かるというものだ。

それに引き換え、俺は守ると約束したくせにそれどころか、最後の最後までクラリスに頼りっぱなしで、自分の不甲斐なさを痛感しただけだった。


兄さんとクラリスの姿から無意識に目を逸らす。そんな俺の手をディグレが鼻でチョンチョンと突いた。


「ん?ディグレ、何だ?」

俺はディグレに視線を合わせる。ディグレもクラリスの方をチラリと見ると『フンフン』と鼻を鳴らした。


「お前もクラリスの腕が気になるんだろう?王都に戻れば、まだ数人の聖騎士が教会を守る為に残っているはずだ。クラリスはその者達に治療させよう。……頬の傷もちゃんと治す。その為にも森じゃなく王都へ連れ帰るんだ。お前も魔王を倒した勇者の仲間だ。王都で美味い物でも食え。ゆっくり休んだら森へ帰してやるよ」

俺がディグレの頭を撫でると、ディグレは目を細めて喜んだ。

ディグレには言えない。クラリスとは王都でお別れだなんて。クラリスはこれから……兄さんと結婚して……。そこまで想像して俺は頭を強く振った。

約束を守らなければならない事など百も承知だ。しかし……今の俺には想像だけでも耐えられそうになかった。


「ロナルド様?大丈夫ですか?」

俺の顔を心配そうに覗き込む顔。その美しい瞳に吸い込まれそうだ。


「ん?あぁ、大丈夫だ。そろそろ戻るか!」

「あ、もう少し待っていただけますか?此処に残ってくれていた馬達に少し力を使いたいので。王都まではまだまだ長い道のりです。少しでも元気になって貰いたくて」

そう言ってクラリスは馬達の元へと向かった。


優しい手つきで馬の首を撫でる。彼女を癒す者は此処には誰も居ない。アナベルの首根っこを捕まえて無理矢理にでもクラリスの治療をさせたいところだが、クラリスはそれを望まないだろう。此処に居る誰よりも疲労し、傷付いているくせに、クラリスは微笑みながら馬を撫でていた。


アナベルは馬車に。クラリスは俺と共に馬に乗る。クラリスを前に乗せ、俺もヒラリと馬に飛び乗った。


「兄さんと乗ったほうが良かったんじゃないか?」

そんな心にもない事を言ってしまう自分に嫌気がさした。


「はい?何か言いましたか?」

風の音で俺の言葉は聞こえなかったらしい。卑屈な自分に気付かれずに良かったと胸を撫で下ろした。


「いや!何も!少し急ぐぞ、しっかり捕まってろよ!」

俺はそう言って自分の気持ちを誤魔化すように馬のスピードを上げた。



王都への道のり、夜はテントを張って野営しているのだが、アナベルはその一つに閉じこもり、俺達と口をきくこともなかった。


「アナベル様……大丈夫でしょうか?」

焚き火を眺めながら俺とクラリスは並んで座っていた。

クラリスはディグレが居るからとテントでは休まない。

魔王の封印に向かう道中はいつもこうして三人で夜を過ごしたのに、今更ながら俺は隣に座るクラリスの存在にドキドキしていた。


「ずっと隠れたまま何もしなかったんだから一番元気なはずだ。お前が気にする必要はない。……すまないな、無理矢理にでもアナベルにお前を治療させる事が出来なくて」

俺はクラリスの腕の怪我を見る。ケロイドの様に爛れた皮膚が痛々しい。


「大丈夫です。見た目ほどは痛くないので」

「それに……頬も。女性の顔に傷をつけて……申し訳ない」

俺はそう言って、クラリスの頬の傷に優しく触れた。


「別にロナルド様が謝る必要は……」

「だが……俺がお前をあそこへ連れて行ったんだ。責任は俺にある」

「ロナルド様……」

このまま彼女を俺のものに出来れば良いのに……。


その時『サァーッ』と木々を揺らす風が吹いて、焚き火に照らされた彼女のシルバーブロンドが風に揺れた。

俺は急に我に返った。何を考えてるんだ、俺は。


彼女の頬に触れていた手を引っ込める。指先が熱を持っている気がした。


「お、王都に戻れば治療出来る者が残っているはずだ。……痕が残らないと良いな」

誤魔化す様に早口になる。その時。


「二人とも、火の番は御者に任せてテントに入らないか?」

兄さんがテントから出てきて俺たちに声をかけた。

「いや……御者も疲れてるだろ。ゆっくり休ませてやろう」

俺の答えに兄さんは少し不満そうだ。


「お前だって馬に乗ってるんだ。疲れているのは皆同じだ。クラリス、君はテントで寝ていなくて良いのか?」

「私はディグレと一緒に居たいので」

彼女の手が横たわったディグレの首元を撫でる。あぁやって彼女はずっとディグレを癒していた。


「すまないな。あまり大きなテントが残っていなくて」

大きなテントは怪我をした者達の為に封印に行く途中で少しずつ置いてきたのだと兄さんは言っていた。残された唯一の立派なテントはアナベルが一人で使っていた。


「魔王の封印に向かう時もこうして……ロナルド様と野営していましたから。私は平気です」

兄さんはクラリスの言葉を聞きながら、彼女の隣に座る。いや……厳密に言うとディグレの隣だが。


「ロナルド……何故お前はあそこへ来たんだ?しかもクラリスを連れて。僕はまだ答えを聞いていない。教えてくれないか?」


追々説明すると言っていたが、今がその時なのかもしれないと俺はそう思った。





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