「それならさっきまで治癒術を使える子とお話ししてたから紹介しましょうか?」
悪戯を思い付いたような笑みでそういう師匠の姿を見て嫌な予感がするけど、今はそれでもいいから人の手を借りたい。
ただここで焦ってお願いしますと言ってしまったらどんな人物が寄越されるか分からないから止めた方が良い気がする。
「カルディアさん、その人ってどういう人なんですか?」
「あら?私はレースちゃんと話しているのよ?ダーちゃんが質問するのは違うんじゃない?」
「ぼくもダートと同じ考え何だ、師匠教えてくれないかな」
「へぇ……レースあなた、自分の意見を相手に言えるようになったのね」
驚いたようで口調がぼくの知っている師匠に元に戻っている。
確かに少し前までのぼくは心の中でばかり喋ってばかりで自分から気持ちを相手に伝えようとしなかったし、それと同じ位相手の気持ちを理解しようとしなかったからそう思われていてもしょうがない。
「それならあなたの成長に免じて特別に教えてあげる、カエデちゃんって言う優秀な治癒術を使える子でね?他所の国からこの国の治癒術師の仕事を見て勉強したいって事で研修に来てるの」
他所の国から?治癒術師や魔術師はこの国でしか専門的に学べない筈だ。
その言い方だと外国で生まれた術者って事になる。
「師匠、それだとこの国以外で生まれた治癒術師って事にならない?」
「そうよ?厳密には他所からこの国で学んで治癒術師になって子が、帰国した後に弟子を取って育てた子だけどね」
「それって……」
「別に違法じゃないわよ?まぁ、この国の王からしたら国の技術が他所の国に奪われたって事だから気持ちは複雑だろうけど法整備をしっかりとしなかったのが悪いのよ」
そう言われたら誰も文句は言えない。
確かにこの国に他所に技術を流出させない為の法が作られていなかったのが悪いけど、あくまでそこまではしないだろうという信頼から来るものだろう。
その信頼を裏切るような事をした以上は国同士の争いが起きてしまう可能性があると思うから正直そのような危険人物をぼく達の診療所で預かりたくない。
「そういう事なら断るよ、」
「あら、いいの?……その子は栄花から来たんだけど、あなたは今その国の人にお世話になっているのでしょう?」
「つまり……?」
「アキラさんって言ったわねその人、彼から受けている恩を裏切ってしまっていいの?」
分かってはいたけど師匠は本当に性格が悪い。
適格に人の弱い所を付いて来て逃げ場を無くしてくる。
ぼくはこの人に小さい頃から育てられたからそういう所を誰よりも理解しているけど、こうなったらどうしようもないだろう。
「カルディアさん……、あなたのそういう所本当に嫌いです」
「ごめんねぇ、ダーちゃんでも私はこういう人なの」
「……この人の皮を被った化物」
「良く言われるから慣れてるわ……でもね?私はレースとあの子の大事な物には酷い事はしないって決めてるのだからこれはあの子のこれからに取って必要な事だから引き取ってもらわなきゃ困るのよ、あの子は自分以外の治癒術を使える人を理解するべきだわ」
ぼくの事を考えて言ってくれてるのはわかるしありがたい事だと思う。
でもそれが本当に必要だと決めるのはぼくであって師匠ではない。
「……気持ちは分かったけど、何が大事か決めるのはぼくだし、人生をどうするのか、どうしたいのか選択するのもぼくだ、師匠が勝手に決めないで欲しいっ!」
「あなた……」
「レース……」
思わず声を荒げてしまったけどぼくは間違えて無い筈だ。
……だってぼくが間違えた事をした時はダートが止めてくれるし皆が教えてくれる。
だからこそぼくは自分の意見をしっかりと相手に伝える努力をする事を忘れない。
「……素晴らしいっ!実に素晴らしいわっ!ダートをあなたの場所に送れば何らかの成長をしてくれるとは思っていたけど、ここまで変わるだなんて私の計算外よっ!」
「カルディアさん……?」
「ごめんなさいね、私が拾って育てた子がここまで立派になる何て思わなかったの……、今迄私が教えて来た治癒術の理論を教えれば教える程吸収して行く変わりに人との距離感がおかしくなってしまったのに、今やこうやって隣に大事な人がいて自分から成長しようとしている、これはそうっ!今迄蛹だった子が羽化して立派な蝶になり大人の階段を上るようにっ!あぁ……あぁっ、なんと、なんと素晴らしいっ!」
駄目だ、完全にスイッチが入った。
でも確かに師匠の言うようにダートがぼくの所に来なかったら変わろうとは思わなかっただろう。
そこは感謝しているけど、このスイッチが入ったら別だ……こういう時は一度頭を冷やして貰わないと……ぼくはそっと席を立つと部屋から長杖を持ち出して勢いよく師匠の頭を殴りつける。
「あっ……、ごめんなさいテンションが上がり過ぎていたわ」
「あんなカルディアさんの姿初めてみた……」
「あれは身内の前でしか見せないからね……、多分ぼくの大事な人って分かったから身内認定されたんじゃないかな」
「……大事な人、うん」
ダートが顔を真っ赤にして俯いてしまう。
そんな恥ずかしがらなくていいのに……
「私の前で惚気るのは止めてくれないかしら、義理の息子にそういう所見せられたら色々と思う所があるわ?」
「……師匠何ていうかごめん」
「別にいいのよ、断られた手前言いづらいけど今度は対等な大人としてお願いするわ?……カエデちゃんをあなたの診療所で預かってくれない?異国で生まれた治癒術を使える子とこの国の治癒術師でお互いに色々と学ぶ事が多いと思うから信頼できる子の所に送りたいのよ」
師匠はそういうと真剣な顔でぼくの顔を見る。
……その顔は確かにさっきまでとは違い対等な相手に向ける誠意を感じる程に真っすぐだ。
「期間はそうね……その子が国に帰ると決めるまでだけど頼まれてくれるかしら」
「そうだね、受けても構わないけど試しに会ってからでいいかな」
「わかったわ、なら明日連れてくるわねって事でこの部屋に座標を登録させて貰ったから明日の朝になったらもう一度お邪魔させて貰うわね……、あ、そうそうダーちゃん、あなたの護衛任務はこれをもって完了とさせて貰うわね」
「え?……それってどういう」
顔を赤くしていたダートが今度は真っ青な顔をして師匠の顔を見る。
確かにそうだ……護衛依頼を受けてぼくの所に来た以上はそれが終わるという事は冒険者として一緒にいる理由が無くなるという事だ。
「変わりにこれからは冒険者では無く、この子の大事な人として側にいてあげなさい……まぁ、こんな子だけどこれからも宜しくね?」
「は、はいっ!」
「まぁた、ぼくを無視して話を進めてる……」
……師匠はそういうと目の前から一瞬にして消えてしまう。
相変わらず魔術を使う為の動作が見えない、それだけでも規格外としか言いようがない。
そうして師匠が帰った後、適当に夕食を済ませてお風呂に入ったら仕事の疲労感からお互いに自室で直ぐに寝てしまったけどしょうがない。
疲れてる時はとにかく直ぐに休みたいのだから