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第7話 お義母様

 マスカレイドが去ってから暫くして立ち上がれるようになったぼく達を見て師匠が声を掛ける。


「あなた達が無事で良かった……」


 師匠はそういうとぼく達を順番に優しく抱きしめる。

足を引っ張って邪魔をしてしまったどころか危険を冒してしまったのだから怒られると思っていたけど、実際にはその逆の事が起きている。

思わず困惑して声が出てしまったけど、他の二人も同じようでそれぞれ困惑した声を上げていた。


「師匠……?」

「私がここに呼び出しさえしなければさっきの戦いに巻き込まれなかったのに、ごめんなさいね」


 師匠が謝るような事では無いのにどうしてそんな悲しい顔をするのだろう。

こういう時は怒ってくれたらいいのにって思うけど、これはぼくがただそうして欲しいという我が儘だ。


「カルディア様が謝罪するような事ではないと思いますが……」

「ぼくもそう思うかな……、むしろこの場合は余計な事をしたぼく等が怒られる所じゃないかなダートはどう思う?」

「私はそんなどっちが悪いみたいな事するよりもどうしてここにマスカレイドが居たのかを知りたいかな……、後私の暗示の魔術の事も」


 確かにそうだ、今はこんな事をしている場合じゃないどうしてこんな事になっていたのかをしっかりと聞かないと……

マスカレイドとの戦闘でその事が頭から抜けてしまっていた。


「そうね……まずレイドの事から話そうかしら、私はあなた達の前の家をこれから増えるだろう診療所の職員用の寮にしようと思って色々と魔術で改築したり必要あれば増築しに来たの、そうしたらあの男が居たから取り合えず魔術で横から吹っ飛ばしたら戦闘になっちゃったのよ」


 吹っ飛ばす前にまずは話すとかやる事があるんじゃないかと思うけど、師匠はマスカレイドの事を嫌っているからしょうがない。

袂を分かった理由も彼の非人道的な研究が原因だし、弟子のぼくだから言うけど師匠は頭がおかしいけど人の命を奪うような事をしない、だがあの人は別だ……、必要とあれば人の命など何とも思わないだろう。

人それぞれ他人に抱く命の価値は違って当然だけど、世の中には自分以外の存在を大事に思えない人がいる。


「カルディアさん、やる前に話し合おうって気持ちは……」

「無いわよ、嫌いな奴が私の前に居たのよ?そんな状況でぶっ飛ばす以外の選択肢何て無いわ」

「取り合えず戦闘になった経緯は分かったけど……、仮にもこの国で一番強い人何だから我慢する事を覚えてくれないかな、仮にも私のお義母様になるんだから」

「……はい?」


 師匠が今迄見せた事が無いような顔をしてぼくとダートの事を見るけど、ぼくもその発言に驚きだ。

将来、結婚出来たらいいなと思いはしたけどまさか彼女から距離を詰めてくるなんて……


「ちょっとねぇっ!レースちゃんお義母様ってどういう事っ!?レイドの事なんてどうでもいいわっ!そっちっ!そっちを今すぐ話しなさいっ!いえ、話して!」

「これが……嫁姑のやり取り?これが大人……」


 ダートと師匠のやり取りを見てカエデの考えが変な方向に行っている。

まだそんな関係じゃないんだから戻って来てくれ。


「お義母様、私はレースの大事な人だよ?将来結婚するのは当然の流れだと思わない?」

「確かにそうねっ!まさか十八年前にあの子の親になったと思ったら今度はダーちゃんがお嫁さんになる何て……、もしそうなったら面白そうだなぁって思ってたけど本当にそうなるなんてねぇ……」

「私もっ!私もお話しにいれてくださいっ!大人の女性のっ!いえ、人生の先輩達のお話しを聞きたいですっ!」

「いいわよぉ、カエデちゃんもお話ししましょ?」

「はいっ!ありがとうございますっ!」


 三人で何か盛り上がり始めてさっきまでの雰囲気が何処かへ行ってしまった。

暗示の魔術の事とかはどうなったのか……。


「あぁ、確かにあの子はヘタレだからねぇ……でもやると決めた以上はしっかりとやってくれるから大丈夫よぉ」

「はい、それに指摘されたところは直そうと頑張ってくれるから信頼してるよ?これからもずっと」

「……ダーちゃん、これからレースを宜しくね?」

「はい、お義母様」


 ……暫くして話が終わったのか、再び真面目な顔になった。

カエデは空気を呼んだのかぼくの隣に来てローブの裾を引っ張ってくる。


「お姉様の事を泣かせるような事があったら許しませんからねっ!」

「そんな事はしないから大丈夫だよ」


 ぼくがダートを悲しませるような事をする筈がない。

でも今は他に話す事があるだろう。


「……後は暗示の魔術の件なんだけど、あれを教えたのは私とレイドだけど正直これ以上は使わない方がいいわ?」

「……レースやコーちゃんにもそう言われたので必要な時以外は使う気はないです」

「コーちゃん?……誰か分からないけどまぁいいわ、当時はあなたに必要だから教えたけど今は必要な時でも使っては駄目」

「……何でですか?」

「使えば使う程、もう一人のあなたとの境界が曖昧になって行くの、そして最終的には自身の身に危機が迫ったり等の極度の興奮状態に陥ると魔術を使わなくても表に出てくるようになるわ、そうなったら徐々に統合されて行き今迄のあなたではなくなってしまう」


 必要だったとはいえそんな危険な魔術をどうしてダートに教えたんだと師匠に詰め寄りたいけどそんな事をしても何も変わらない。

ただ……魔術を使わらなくても切り替わる瞬間をぼくは二ヵ月程前に見ている。

ミュカレーと戦闘になり、ぼく達が負傷して動けなくなった時に魔術を使わずに切り替わり暴走していた……、つまり既に危険な状態にあるという事か。


「……この前勝手に切り替わった時があったの」

「既に……ならこれから先あなたは心を強くする為の修行をしなさい、例えばそうね……、心器を使う為の修行をすればいいわ」

「以前私には向かないと栄花騎士団の人に言われたんだけど……」

「それなら私がお姉様に教えますっ!栄花騎士団副団長であり、団長の娘である私が責任を持って!」

「……やっぱりカエデは治癒術師じゃなかったんだね」

「あっ……」


 正直ダートの性格が統合されてしまってもぼくの彼女に対する気持ちは変わらない。

例え別人のようになってしまったとしてもダートはダートだ、受け入れる覚悟は既に出来ている。

ただそれよりもカエデが治癒術師じゃない事の方が問題だ、師匠の話では治癒術師を紹介してくれるという話だった筈なんだけどな。


「レースちゃん、不満げな顔をしているけど私は一度もカエデちゃんを【治癒術師】と言って無いわよ?【治癒術が使える子】って言ったじゃない……あなたの勘違いでそんな顔するのは違うと思うわよ?」

「師匠……普通なら治癒術が使えるってなったら治癒術師を連想するよ」

「それはあなたの普通でしょ?……取り合えず心器の事はカエデちゃんに任せたわ、私の新しい娘を宜しくね」

「はいっ!任されましたっ!」

「ふふ、カエデちゃんは良い子ねぇ」


 師匠はカエデの頭を撫でるとぼく達が来た方向に向かって歩き始める。

もしかして先程言っていた改築とかをするんだろうか……


「さぁあなた達、寮予定の家に行くわよぉ!皆の意見を聞いて住みやすい良い家に作り直してあげるわ!」


……師匠がそういうと楽しそうに鼻歌を歌いながら先頭を歩いて行く。

ぼく達はその後ろについて行ったけど、皆が着いたらそこにはさらにボロボロになり廃墟と化した建物があった。

多分、あの爆発の衝撃が直接当たったのだろう。

師匠は思わず唖然として何も言えなくなるのだった。


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