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第13話 もう一人の彼女

 ダートの心器を顕現させはしたけどこの禍々しい剣を触るのに躊躇ってしまう。

この武器はきっと彼女が使う呪術が形になった物だと思うけどどんな能力があるのか分からない怖いけど今は悩んでいる場面じゃない。

長杖をソファに立てかけると急いで手に取って床に置いてダートの様子を見る。


「ダート、大丈夫?」

「大丈夫じゃないかも、体が凄い重くて辛い……」

「初めて心器を顕現させた時って皆そうなるらしいから、一日横になれば大丈夫だよ」


 ぼくも初めて心器を顕現させた時は自分の中から大事な物を取り出したような感覚に襲われた後に大量の魔力を失い動けなくなってしまった事がある。

アキラさん曰く大量に魔力を失ったが故に起きる欠乏症状らしい、魔力欠乏症については知識としては知ってはいたけど実際になって見ると思っていた以上にしんどかったのを思い出す。


「……それならもう休むね?」


 ダートが座った状態から起き上がるけど上手く体に力が入らないのかふらついてしまいぼくの方に倒れ込んでしまう。

咄嗟に抱きしめるように体を支えるとそのまま体を預けて来た。


「ごめん、歩けそうにないから部屋まで運んで貰っていい?」

「謝らなくて大丈夫だよ、取り合えず今から片膝をついて姿勢を低くするから太ももの上に座って首に腕を回して貰っていいかな」

「うんって、ちょっと恥ずかしいんだけど?」

「この状態だとこうやって抱きかかえないと運べないからごめんね」


 ダートが言われた通りに脚の上に座って首に腕を回して抱き着く。

ぼくはそれを確認すると彼女の腰と腿に手を添えて体に密着するように引き寄せるとと下半身に力を入れてゆっくりと立ち上がる。


「……やっぱ降ろして貰っていい?」

「ごめん。もしかして力強く持ちすぎてた?」

「そうじゃないの、あのね?何ていうかこれ思った以上に恥ずかしい、密着してるだけでも凄い緊張するのにレースの顔がすぐそこにあって顔が真っ赤になりそう」

「んー、部屋に着いたら降ろすからそれまで我慢して欲しい」


 言われると意識してなかったのに、ぼくまで恥ずかしくなってきたけど今は照れている場合じゃないと思うから我慢して運ぶ。

ただなんて言えばいいのかな思った以上にこの体勢がきついと感じてしまう、これはもっと体を鍛えた方が良いのかもしれない。

彼女をいつでもしっかりと支えられるようになりたいし……


「あのさ、運びながら聞きたいんだけどいいかな」

「……なに?」

「夕飯は多分食べれないと思うけど、食べれそうならどうする?」

「んー、レースが作ってくれるなら別に何でもいいかな」


 何でもいいって言われると割と悩んでしまう。

こういうのが食べたいって言ってくれたら嬉しいんだけどなって思うけど、もしかしたらダートなりに甘えているのかもしれない。


「ならポテトスコーンでも作るよ、ぼくが体調崩した時良く師匠が作ってくれてたから好きなんだ」

「んー……ならそれでお願い、今度作り方教えて?体調崩した時に食べさせてあげるから」

「ありがとう、楽しみにしてるね」


 そんな話をしている間にダートの部屋に着いたから足でドアを開けて彼女の部屋に入る。

それにしても改築時に、コルクに言われてこの家の扉を足元にあるスイッチを押す事でドアノブが回転する様にしたから荷物を持っている時に便利だなって思ってたけど、こういう時にも役立つとは思わなかった。


「部屋に着いたから降ろそうと思うんだけど何処が良いかな」

「横になりたいからベッドに降ろして欲しいかな」

「わかった、取り合えず夕飯が出来たら一回声かけるよ」


 そう言うとぼくはダートのベッドの上に降ろして部屋を出ようとしたけどダートにローブの裾を掴まれる。

顔が何故か真っ赤だけどどうしたのだろうか……


「……どうしたの?」

「えっと、そのっ!……、ごめん何でも無いから気にしないで?」

「ならいいけど、何かあったら呼んでね?」

「……うん」


 気にしないでというからそのまま彼女を部屋においてリビングに戻って来たけど、何というかダートっぽくない反応に戸惑ってしまう。

もしかしたら一時的に精神的に弱っているのかもしれないから今はそっとし説いてあげようかな……。


「しかし、この心器どうしようかな」


 リビングの床に置かれたままの心器を見て一人頭を抱える。

本来なら術者が顕現させるのに必要な魔力を維持出来なくなると形を失うけど、ぼくの特性を使って存在をこの場に【固定】してしまったから消える事はない。

それにこの中に入っているのはぼくが一番最初に出会った方のダートだ、この武器を消すという事は彼女の存在を消してしまうという事でぼくにはその選択をする事が出来なかった。


『まぁ、もう一人の俺には声が聞こえないけど、てめぇと話せんなら文句はねぇよ』

「……ぼくとは魔力が繋がってるから話せるけど本当に君はそれで良かったの?」

『正直言うと全然良くねぇよ、ただこういう形になる事を決めたのは俺だから文句を言うのは違うだろ?』


 武器の中に閉じ込められるというのはどんな気持ちなんだろうって思うけど、こればっかりは本人にしか分からないだろう。

それにぼくの魔力特性の【固定】を使ったからかこの心器とは魔力の波長が繋がってしまい、近くに居れば彼女の声が聞こえるようになったのは不思議な感じだ。

正直ぼくの特性は、固体と液体をその場に固定するのに長けているからこそ出来たとはいえ心器をその場に留めるというのはやって良かったものだったのか分からない。


『ただおめぇが師匠に相談して俺の新しい身体を作ってくれるんだろ?、それまでの辛抱だと思えば耐えられる』

「それまで苦労を掛けると思うけどごめんね?」

『構わねぇよ、それに俺があいつと別の存在になったら名前をどうするか今のうちに考えねぇとなって……なまじあいつと記憶を共有している以上は完璧な別人とは言えねぇけどよ』

「そこはこれからの経験時代じゃない?」

『分かってんじゃん、これからは俺の人生を生きられるんだ、すっげぇ楽しみだぜ……』


 師匠の秘密をもう一人のダートに勝手に話してしまったけどきっと大丈夫だろうし、多分分かってくれるだろう。

それにあの人は昔から肉体の老化止める秘術という物を使っていて若いままだったけど、ぼくの作った禁術を使う事で自身の細胞から若い肉体を作成し何らかの方法で精神を移したみたいだからきっと何とか出来るはずだ。

ただそれだと分からない所がある、人の記憶は脳に蓄積されていくものだけどどうやって記憶も移動させたのだろうか。

もしかして、聞いたら同じ細胞から作られた存在だから脳にある記憶も同じだとは言い出したりするんじゃないかと不安になる。

そうなら当時ぼくが作った治癒術が禁忌と言われ禁術になった理由が嫌でも理解してしまう、生物を複製出来るという事は論理的にまずい。


『そんな難しい顔すんなって、おめぇが言った以上はなるようになんだろ?』

「うん、絶対なんとかするよ」

『ならいいけどよ……、ところで俺はいつまで床に転がされてなきゃいけねぇんだ?』

「あっ!?」

『おめぇ忘れてやがったなっ!身体が手に入ったら覚えてろよっ!』


……心器に宿ったもう一人のダートはそういうと怒りながらも笑い始める。

『おめぇのそういうアホな所は好きだぜ』って言いだす彼女に対して一瞬ドキってするけど、ぼくにはその思いに応えてあげる事はもう出来無い。

何故なのかというと、この人の中にはずっと『元の世界に帰りたい』という気持ちがあるから身体を手に入れたらきっと居なくなってしまうんだろうなと思いながら床から拾い立てかけてある長杖の隣にそっと置くと夕飯の準備をしにキッチンへと入って行く。

いつか三人で食卓を囲める時が来たらいいなと思いながら……


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