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第12話 不安な気持ち ダート視点

 「ちょっと話があるんだけどいいかな……」


 レースに声を掛けたけどそこから先の言葉が出てこない、さっきから色々と思う所があって全然会話に入れなかったのもあるけど理由は暗示の魔術の事でお義母様に言われた『使えば使う程、もう一人のあなたとの境界が曖昧になって行くの、そして最終的には自身の身に危機が迫ったり等の極度の興奮状態に陥ると魔術を使わなくても表に出てくるようになるわ、そうなったら徐々に統合されて行き今迄のあなたではなくなってしまう』という言葉を聞いた時にやっぱりそうなんだと思った。

何でって思うかもしれないけど、ミュカレーと戦闘して以降頭の中にもう一人の私がいて心の中で声がする事がある。

例えば『おめぇばかりレースと話していてずるい』とか『あいつと一番最初に出会ったのは俺だっ!隣にいていいのはおめぇじゃねぇ!』という感じで詰め寄られるように言われて心が苦しくなってしまう。


「ダート、どうしたの?」

「レース、私が私じゃなくなってしまったらどうする?」

「……どういう事?」


 どういう事って言われてもどうすればいいのか、どう伝えたらいいのかが私には分からない。

この事を伝えたらレースは私に対してどう思うだろうかと考えると怖くなる。

彼には隠し事を極力したくないけど、嫌われたくなくて伝えようとしても言い出せなくんばってしまう。


「そんな不安な顔をしないで大丈夫だよ?」

「でも……」

「ゆっくりでもいいからさ、それに何があっても君の隣にいるから安心して?」

「うん……あのね?、私の中にもう一人の私がいて語り掛けてくるの」


 私の言葉を聞いてレースが真剣な顔をする。

多分私だったらそんな事をいきなり言われたらどうすればいいのか分からなくて取り乱してしまうだろう。


「それってまさか……」

「うん、お義母様が言っていた暗示の魔術の後遺症……だ、と思う、このままいくと私は私じゃなくなっちゃうと思う」

「……えっと、ぼくはダートがどんなに変わっても受け入れるし君への気持ちは変わらないから大丈夫だよ?」


 その気持ちは嬉しいけど私が言いたいのは違う。

やっぱり何て言えばいいのか分からない……どうすればいいの?って思うと『そんなの俺が主導権を握れば済む話だろ』って声が聞こえるけど、私は私の気持ちを彼に伝えたい。


「そうじゃないの、それはもう私であって私じゃないの……、このままだと統合されるんじゃなくて消されてしまうと思う」

「それってどういう……」

「あのね、少しずつ私の主導権を暗示の魔術で作り上げたもう一人の私が奪おうとしてるんだ」

「ごめん、ちょっと取りに行きたい物があるから一旦部屋に戻るね」


 私の言葉を聞いて難しそうな顔をしたと思うとレースが自分の部屋に戻ってしまう。

……やっぱり伝えた事で嫌われてしまったんだろうかと不安になる。

それともこんな不安定な人と一緒に居たくなくなってしまったんだろうかと不安な気持ちが心に陰が差すけど、暫くして出て来た彼の手元には治癒術師の象徴ともいえる長杖があった。


「師匠が言うには心を鍛えて心器を使えるようになる事で抑える事が出来るって言ってたから、試してみたい事があるんだ」

「……試してみたい事?」

「今からダートの魔力の波長とぼくの波長を同期させて、君の心器を顕現させるからその時にもう一人のダートを【切断】して切り離すイメージをして欲しい、心器には特性の効果も乗せる事が出来るってアキラさんが言っていたから多分出来る筈だよ」


 それって失敗したら私が切り離されてしまうんじゃないかと不安になるけど、レースがそこまで言ってくれるなら信じて身を任せよう。


「わかった……、怖いけどお願いね」

「信じてくれてありがとう……、じゃあ始めるね」


 不安から無意識にレースの手を握ってしまうけど、レースは集中しているのか空いている方の手で長杖を器用に持ち私の身体に当てると彼の魔力が中に入り込んで来る違和感を感じる。

その感覚が少しずつ無くなって行くと今度は体の中から大事な何かが引っ張られて行くような恐怖が体を支配していく。


「……ここから心器を顕現する準備を始めるから切り離すイメージをして」

「う、うん……」


 『俺がいねぇと何も出来ねぇ奴が生意気な事すんじゃねぇ!、俺がいねぇと誰がこいつを守るんだっ!』って声が心の中に響く、そんなもう一人の彼女を私の中から切り離そうとするけどやっぱり抵抗されて上手く行かない。


「波長を合わせた事でぼくにも聞こえた……ちょっとだけ待って彼女と話をするね」

「えっ……?う、うん」


 話って何をするんだろうかと不安になったけど、もう一人の私の声だけして聞こえない。

でも確かに会話をしているようで『……もう俺がおめぇを守る必要がないのはわかったけど、それならこいつはどうなる!?俺がいねぇと戦えねぇこいつを守ってやれるのは俺だけだっ!』と声を荒げている。


「……ダートにも聞こえるようにこれだけは声にして言うね、ぼくは君の事を何があっても守るし、彼女の為になら戦って見せる、だからさ安心して力を貸して欲しい」


……彼のその声を聞いた瞬間に私の中で必死に抵抗していたもう一人の私の気配が切り離される。

それと同時に私の目の前に光を呑み込む程に黒い刃を持った禍々しい形をした剣が顕現した。

持ちての部分は高度な呪術を使う時に使用する短杖に似ているからきっとこれは魔力の制御する力を持った魔剣の類なのだろう。

ただ、この心器を見ていると心がざわつく……私はこの武器をまだ使ってはいけない気がした。

きっと……今の私がこれで相手を傷つけてしまったら二度と戻れなくなってしまうという感覚が頭の中で警報を鳴らす。

……それ程までに過ぎたる力だった。


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