攻撃を止められたのが気に入らないのか、怒りで顔を赤くしたグランツが癇癪を起して大剣を地面に何度も叩きつける。
「なんだ、何だ貴様はっ!獣人風情がっ!俺の邪魔をするなぞ非常識だろっ!」
「……まるで大きな子供だな、レース、君はどうしてこのような小物に誘拐されていたんだ?」
「家に突然押しかけて来たと思ったらいきなり胸倉を掴まれたと思ったら、ダートを連れて行くとか言い出したから抵抗しようとしたら……」
「やられたわけか……」
「貴様等っ!俺を無視して話をするなど許さんぞっ!」
グランツが声を出しながら大剣を横薙ぎにしようとするけど、その動きを見て即座に行動に移したクロウに脚で弾かれてしまう。
ぼくも雪の魔術で壁を作って受け止めようとしたけど彼の方が早かったのは単純に戦闘経験の差だ。
「大剣の割には中身が無いハリボテだな、君の精神状態が見て取れる……、このまま心器を使い続けていると死ぬぞ?」
「うるさいっ!この力があれば俺は権力を得る事が出来るのだっ!」
「……彼は駄目だな、レース、君さえ良ければ俺が直ぐに終わらせるがどうする?」
「この人はぼくが倒すよ……、それにいつまでも皆に助けられてばかりでは居たくないから」
「わかった、なら俺は安全な所から観察させて貰うからやってみろ……、ただこれは戦いだ、相手を殺す事に躊躇うなよ?」
クロウはそういうとグランツから距離を取ると、近くの樹の上に跳んで枝の上に座ってこっちを見ながら手を振る。
その姿を見て更に彼が怒りに肩を震わせていたけど、ぼくの顔を見て余裕な笑みを作り大剣を構えた。
「治癒術師等、治療しか出来ない雑魚がこのグランツ様に勝てるわけがなかろうっ!」
「あの、相手を下に見ているのは良くないと思いますよ?それで権力を得ても誰も付いて来てくれないんじゃないかな」
「一度ならず二度までも貴様……、確実に殺してやるっ!」
「確実にって、さっき殺そうとしたのに出来てないじゃないですか、出来ない事を言うのは止めた方がいいよ」
『おめぇほんっと……、そうやって相手を煽るの止めた方がいいぜ?』
別に煽ってないんだけど……、どちらかというとグランツに出来ない事を出来ると言わない方が良いって伝えただけの筈だ。
とはいえさっきはクロウに助けて貰えなかったら、危うくあの伸びる大剣に斬られて殺されてしまう所だったから説得力がない気がする。
彼からしたら誰かに助けて貰えないと戦えない人がイキっているように見えるのかもしれないけど、もしかしたらそういう所も含めて煽りになっていたのかもしれない。
でもアキラさんが言っていたけど、対人戦において相手に冷静さを欠けさせる事で場を有利にする事で出来るから使える物は何でも使えと教わった事があるしこれはこれで問題無いと思う。
『まぁいいやそういうとこも含めてレースだからな、取り合えず刀身を空間収納から外に出しておくからそれで伸びる大剣の攻撃を防ぎながら魔術で応戦しろ……来るぞっ!』
「ぬぅぅっ!」
ダリアに言われた瞬間に肉体強化を使い身体能力を強化すると、短杖から出た長い刀身で力任せに横薙ぎにしてきた大剣を受け止めると異様に軽い音がする。
確かにクロウに言われた通り中身はハリボテのようだ、何度も受け止め続けていると感じるけどまるで木剣の刃の部分だけ金属の刃を付けたような違和感があるけど、アキラさんが言っていた心器は精神状態で、性能が鈍ら刀にすら劣り、耐久性も脆くなるというのはこう言う事なんだと思う。
少しでも力強く弾き返したら今にも折れてしまいそうだ。
そんな事を思いながら心器の長杖に魔力を流して雪の魔術を使う準備をする。
「何故だっ!何故こんなに切りつけているのに殺せないっ!」
「……ごめんね」
ダリアの刃で大剣を力強く弾くと心器にヒビが入る音がしたけどそれではグランツは止まらないだろうけど、一時的に体勢を崩す事なら出来る。
その間に相手の頭上に大量の水分を含んで固まった雪の塊を作り出すと彼に向けて落とす。
「き、きさまっ!治癒術師の分際で戦士の真似事をしていたと思ったら、魔術師の真似事までっ!ふざけるなぁっ!」
大剣で雪の塊を防ごうとしたのだろうけど、重さに耐えきれなかった心器が折れる音がする。
その音はガラスが割れたかのように綺麗で澄んでいた……、そして徐々に形を失い消えて行く心器の姿が色を失い灰になって行き、グランツは身体から力が抜け雪の重さに耐える事も押し潰される。
『……マジか』
「ぼくもこうなる可能性があるのか……」
『おめぇはならねぇよ、ダートを守る為に戦う力を得るんだろ?守る物がある人間は簡単に折れねぇ、このダリア様が保証してやるよ』
「……ありがとう、ダリア」
『おぅっ!……取り合えずグランツが死んでいるか様子を見に行こうぜ』
……アキラさんが言っていた、心器が折れた場合良くて死ぬか悪くて精神が焼き切れた廃人だと。
もしグランツが後者だった場合、ぼくが責任を持って終わらせて上げようと思い近付きながら雪を溶かして水にすると、呼吸が止まり眼を閉じた安らかな顔をした死体の姿があった。
良かった……、この人は苦しまずに死ねたようだ。
ただ初めて人をこの手で殺めたからだろうか、足元が震えてしまうけどこれは必要だった事でやらなければぼくが殺られていたんだ……、そうやって自分の中で気持ちの整理をしているとクロウが隣に来て慰めるように無言でぼくの肩を優しく叩いてくれる。
その時だった……、森の方から拍手をしながら紅の髪を逆立てた獅子の耳を持った獣人族の男性が歩いて来るとぼく等を見ながら不敵な笑みを浮かべていた。