この感覚は頭の打ち所が悪かったんだなぁと思いながら強く打った部分を治癒術で治療しながら運ばれていると、見覚えのある狼の耳を持った人影が視界の端に見える。
多分この姿はクロウだろうけど、綺麗に人混みに紛れてグランツと名乗った男性の後を追っていた。
「貴様等っ!何を見ているかっ!これは見世物ではないぞっ!」
グランツが大声で何事かと様子を見に外に出て来た町の住人達に向かって声を荒げると、それぞれが家に戻ったり、安全そうな場所に身を隠しながら彼の様子を見るけどクロウ以外は誰も助けようとはしてくれないらしい。
……まぁそれもそうか、男性一人を肩に抱えて片手に大剣を持った危険人物に近づく何て事をする人なんて普通はしないだろう。
「ふんっ!、どいつもこいつも安全な場所でのうのうと暮らしおって気に入らん!、俺がこの町の長になったら貴様ら全員開拓を強制してやるから覚悟しておけよっ!」
グランツはそういうと高笑いしながら町を出て行く。
それに合わせてクロウが周囲の木に身を隠したと思うと気配が消えてしまって気付けなくなってしまう。
ただ治癒術を使っていたおかげで朦朧としていた意識も徐々に戻って来て手足の痺れも収まって来て力が入るようになってきたけど、彼の目的がダートである以上はこのまま捕まったふりをして様子を見た方がいい。
『……レース、返事したら怪しまれるから取り合えずそのまま聞いといてくれ、この頭がまぶしいおっさんの目的がダートなら暫く様子見しようぜ?、それにさっきは不意を打たれてやられちまったけどよ、どう見てもおめぇと比べたら格下だ』
頭の中にダリアの声が響いてくる。
どうやらぼくと同じ考えだったみたいで安心するけど、彼がぼくよりも格下って本当だろうか。
一撃で倒されてしまった以上説得力がない。
『この禿げたおっさんは腕力は強いがそれ以外はどう見ても素人に毛が生えた程度だ、護衛隊に居た以上は元冒険者や喧嘩の腕しか取り柄が無い奴だろうけど、前者だった場合どうせ護衛隊隊長になって以降まともに戦う事すらしなかったせいで腕が鈍ったんだろうよ、心器を使ってやっとBランク冒険者になれるんじゃないかって言う程度の実力だろうが、おめぇは能力だけなら俺やコーちゃんに匹敵するんだから自身を持て、ただまぁジラルドやクロウには負けるだろうけどな』
アキラさんに魔術や戦闘について教えて貰ったり、空いた時間にジラルド達と一対一で模擬線をしている間にどうやらこのグランツという人よりも強くなっていたらしい。
とはいえさっきの事を考えるとダリアが言うように腕力が強いみたいだから一撃でも貰ってしまったら負けるのはぼくだろう。
ならこの場合は彼から距離を取りながら戦った方がいいだろう、まずは雪の魔術で相手の機動力を落として有利な状況を維持した方がいいのではないかと、どうすれば有利に戦えるのか考えていると目的の場所に着いたのかぼくの事を勢いよく地面に投げ捨てると、そのまま地面に座り込んだから薄目を開けて気絶している振りをする。
「何か知らねぇ間に立派な家になっての気に入らねぇから壊してやりてぇ気持ちになるが、ここでケイスニル様と合流する手筈だからな壊したら目印にならねぇ……」
グランツはそういうと心器の大剣を持ってぼくに近づいてくる。
まさかとは思うけど人質に危害を加える気だろうか……
「こいつを人質にしたけどよぉ、別に殺しちまってもいいよな?、その方がダートって奴が来た時に絶望して有利に事を運べるかもしれねぇし、やっちまうかぁっ!」
そう言いながらゆっくりと武器を上段に構えたのを見て急いで立ちあがると、後ろに下がって距離を取り腰に差しているダリアを抜いて右手で構えると、ぼくがずっと起きていると思ってなかっただろうグランツは驚き眼を見開く固まっている。
どちらかというと驚いたのはぼくの方だ、まさか殺そうとしてくるなんて思わなかった。
「貴様……、誰の許可を持って武器を向けている?俺は未来の長だぞ?」
「夜逃げした小物がイキるのは恥ずかしいので止めた方がいいですよ……?」
空いている方の手に心器の長杖を顕現させながら敢えてグランツを煽るような発言をする。
彼のような性格の持ち主なら頭に血が上って切りかかってくる筈だ。
ただ問題があるとしたら、心器を顕現させるよう際に、不慣れなせいで魔力を使い過ぎてしまう為にアキラさんからは『私が許可を出すまで実戦では使うな』と言われているけど、相手が心器を使える以上はそんな事を言っていられない。
「き、きさまぁぁぁっ!」
『レース、横に跳べっ!』
……読み通り激昂したグランツが心器の大剣を振り下ろすと一瞬で刀身が伸びる。
予想外の現象にダリアが声を掛けてくれたのに対応出来ずに固まってしまう。
その時だった、両手に手甲剣を装着したクロウが獣のような唸り声を上げながらぼくとグランツの間に入ると大剣を武器で横に受け流すとぼくの方を見て、『実戦経験を積ませるために暫く様子を見ようと思っていたが、依頼主の身に危険が迫っていると言うのなら話は別だ』と言ってグランツを睨みつけるのだった。