六本の腕にそれぞれ一本ずつ雲で作られたハンマーを持ち余裕そうな顔をしているクラウズ王の姿からは少しでも油断しよう物なら一瞬で命を刈り取られてしまう感じる程の圧がある。
何て言うべきか、老いて身体能力が落ちている筈なのに目の前にいる彼は大きな巨人を思わせる程に強大で言葉で表す事が難しい程だ。
「これで手を抜いてやるってまじかよ……」
「勿論だとも、さてこれから戦う者同士挨拶を交わそうではないか……、『我は五大国の一つ、西のトレーディアスを治めし商王クラウズ・トレーディアスであるっ!富を極め、我が強欲のままに全てを手に入れんとした神をその身に封じし人柱なりっ!ここに新たに爵位を得て姫を手中に収めんとする者に試練を与えよう!、儂を一歩でも後ろに下がらせて見よ、それが貴殿の勝利条件だ!』」
神をその身に封じし人柱?とはどういう意味だろうか、もしかして何かを封じているから全力を出せないのかもしれない。
何となくそんな気がしてしまうけど気のせいだろうか……、でも一歩でも後ろに下がらせたら勝利というのは幾らなんでも甘く見過ぎな気がする。
「……えっと勝利条件は分かったんだけどさ、この挨拶ってどうやって返せばいいんだ?」
「これから正々堂々とお互いの誇りを掛けた戦いをしようって事なんよ、だからジラルドも取り合えず思い付きでもいいから名乗ってみて?」
「そっか、えっと『我が名はAランク冒険者、【紅の魔槍】ジラルドっ!トレーディアスにて囚われた姫を救いに来た紅の槍を振るいし男っ!、この戦いに勝ったらミントとの結婚を認めて貰うっ!』って恥ずかしんだけど!?」
名乗りを聞いたコルクが顔を真っ赤にして、『最後のあれは恥ずかしいからやめてよっ!』と言いながらジラルドの頭を力強く引っぱたく。
これから戦うというのに何ていうか緊張感が無くなりそうなんだけど……
「ハッハッハッ!、恥ずかしいと言いながらも良く吠えたっ!だが貴公には槍が無いでは無いかっ!それで紅の魔槍を名乗るとは笑わせるものよ」
「槍ならあるぜ?ここになっ!」
ジラルドが右腕を前に出すと魔力を集中させると、何もない空間から炎が湧き上がり徐々に槍を形作って行く。
……今迄まともに顕現させる事が出来なかった心器で作られた真紅の槍が彼の手元に現れると、そこから炎の嵐が巻き上がり周囲を赤く照らす。
「ほぅ、貴公も心器が使えるというのか面白い……」
「出来るようになったのは今が初めてだけどなっ!、お前を倒してミントとの結婚を許して貰うと覚悟を決めたら出来たぜ」
「……思いの力で成長するか、儂は貴様を気に入ったぞっ!必ず試練を越えて望みを手に入れるが良いっ!」
「あぁもうっ!恥ずかしいからあんたらほんとやめーやっ!」
「わりぃ調子に乗り過ぎた、けどさ俺もミントの親父の事気に入ったよ」
そうしてジラルドとクラウズ王はお互いに大声で笑ったと思うと、頭を後ろに振りかぶり勢いをつけて頭突きをした。
そうして互いの額から血を流しつつ歩いて距離を取ると武器を構える。
「それは大変喜ばしい事だが、さっさと始めようでは無いかっ!」
「おぅっ!、皆行くぞっ!」
クラウズ王は水を纏ったハンマーをジラルドに向けて振り下ろし、それに合わせるように突き出した槍がぶつかると同時に炎が巻き上がり蒸発した水が蒸気となり辺りを白く染め上げる。
そして視界が悪くなった所に、音も無く近づいたソラが風の刃で後ろから切りつけようとするが、まるで後ろが見えていると言うように心器の腕で受けると、電流を纏ったハンマーで横から叩き飛ばすが途中で姿消えてしまう。
「奇襲は良いが、もう少し上手くやるべきだったな……、何?」
「ごめんねー、俺の心器は自分から数歩離れた所に虚像を作る事が出来るんだ、だからいくら攻撃しても俺を見つける事が出来なければ当たらないよ」
「ならこうすれば良いのだろう?」
クラウズ王の頭上に雲が湧き上がるとそれが雨雲となり室内なのに、彼の周囲に雨が降り出し床を濡らして行くと、氷を纏ったハンマーを勢いよく床に叩きつける。
これはまさかとは思うけど、濡れた地面を氷らせて虚像諸共動きを封じるつもりなのかもしれない。
「ジラルドっ!ソラさんっ!クラウズ王の近くから離れてっ!このままだと氷漬けにされるっ!」
「まじかよっ!やっべっ!クロウ助けてくれっ!」
「分かったー!」
獣化して完全に狼の姿になったクロウが駆け出すとジラルドを背中に乗せて急いで離れると同時に周囲が凍り付いて行く。
「……俺は乗り物ではないのだがな」
「と言いつつ助けてくれるのがお前だろ?」
「……仲間を助けるのは当然だ、君も分かっている筈だ」
「まぁなっ!それにレースも忠告してくれて助かったぜ、ありがとなっ!」
「たまたま気付けただけだよ、でも役に立てたみたいで良かった」
本当にたまたま予想が当たっただけだから運が良かったと言えるけど、今の対応を見る限り同じ事をされたら次はそのまま反撃をされてしまうだう。
ただ……、ぼく達も何度も同じ事を繰り返す程馬鹿じゃない筈だから問題は無い。
現にジラルドはクロウの背中に乗った状態で心器の槍を振り回してクラウズ王に攻撃を繰り出しているし、ソラも反撃として繰り出されるジラルド達へと向けたハンマーの一撃を風の刃で受け流している。
「コルク、やりたい事があるから合わせて貰って良い?」
「やりたい事?レース、あんた何をするきなん?」
「切り札を使おうかなって……、コルクはそれに合わせて死角から攻撃して貰ってもいい?」
「それ位ならいいけど、うちは今武器持ってないから出来る事は限られるで?」
「武器なら心器があるでしょ?」
さっきから心器を顕現させないけど、どうして使おうとしないのだろうか。
「出来るけどな?いざ実の父親に武器を向けるのって勇気がいるんよ?」
「やらないと終わらないし、戦うって決めたのはコルクだよ?」
「……分かった」
「じゃあぼくも準備するから宜しくね」
……肉体強化を使って心器の長杖を床に突き立てると、周囲を雪で埋め尽くして行くと詠唱をしながら一つの形を作り上げていく。
コルクも覚悟を決めたのか手元に魔力を集めて行くと一本の短剣が顕現する。
それはまるで透き通るような美しい水色の刀身を持ち、刃は水晶のように光輝いていた。