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第38話 薄れゆく意識

 あの後ダリアが実はぼくを縛り上げている腕をどかした時から起きていたらしいけど、気を使い寝たふりをしていたらしい、何でそんな事をしたのか正直ぼくには分からないけど、聞いたら怒られそうな気がするから黙っていた。

そうしている間に、ダートから『早く行かないと船に乗る時間が無くなっちゃうよ?』と言われて三人で急いで城を出ると港から観光用の船に乗る事になったけど、昨日の騒ぎのせいかぼく達以外に乗船する人が居なくて何とも寂しい感じがする。


「船って初めて乗るけど凄いねぇ」

「だなぁ、見てみろよレースっ!首都があんなに遠くにあるぜっ!?それに反対側は海しかないっ!すげぇよ!」

「うん、そうだね」


 ダート達が笑顔でぼくを見ながら言うけど、揺れる船体のおかげで気持ち悪くなってしまって何とも言えない気持ちになっている。

さすがに二人の前で吐くわけには行かないから治癒術を使って体調を整えてはいるけど、ほんとこれはどうしたものか……。


「ほんとだね、でもダリア?レースじゃなくてお父さんでしょ?」

「やべっ、わりぃ父さん……」

「いや、ぼくは気にしてないからいいよ」

「レース?仮にもこの子の父親何だから、そういうところもしっかりとしなきゃダメだよ」

「うん……、そうだね」


 なんだか、うんそうだねしか言ってない気がするけど余裕が無いからこれ位しか言えない。


『えぇ、乗船中の皆さま右手をご覧くださいっ!首都オルキアデスを代表するトレーディアス王城です!海から見る姿はまるで海上に浮かんでいるように見える為海上城塞の異名を持っております、陸地から王城に入る道は一つしかなく攻め入る事が困難な作りになっており、海上から攻めようにも我らが商王クラウズ・トレーディアス様率いる海上護衛騎士達により殲滅されるようになっているので鉄壁の守りを誇ります、そして左手に見えるのが……』


 船に設置されている魔導具により、戦場全体に録音されたと思われる音声が鳴り響く。

左手に見えるのがクラウズ王直属の海上護衛騎士達の艦隊らしいけど、そこまで強いならストラフィリアに攻められても守る事が出来るんじゃないかなって思うんだけど……


「ねぇ、そんな凄い守りがあるなら攻められても大丈夫なんじゃないかな……」

「それは無理だと思うぜ?俺が母さんと一緒だった時に聞いた事があるけど、海の上でなら強いらしいけど陸地となると弱いらしくてよ、使い物にならなくなるらしいぜ?」

「そうなんだ……」

「ねぇレース、さっきから何か顔色悪い気がするけど大丈夫なの?もしかして船酔いした?」


 反応がさっきから鈍いのが心配になったのか、ダートがぼくの方に近づいて来て心配そうな顔をする。

なるほどこれが船酔いなのか……、初めての経験で分からなかったけど何ていうか視界が揺れていて気持ち悪いのはそのせいなのかもしれない。


「多分?、治癒術で体調を整えてはいたけど世界が揺れて見えたり吐き気があってしんどくてさ」

「完全に船酔いだね……、後少しで陸地に戻れると思うけど我慢できる?無理なら一度海に向かって吐いちゃった方がいいよ?」

「初めて船に乗ったのに何か詳しいね……」

「冒険者になりたての頃に先輩冒険者の人に教えて貰ったからかな、馬車や船に寄ったら我慢しないで吐いた後に横になっていた方が楽になるって」

「なるほど……」


 きっとその人も今のぼくと同じで苦しんだ経験があるのだろうなと思うと何だか親近感が湧く。

馬車に寄った事は無いけど、船酔いの事に関しては間違いなく先輩だから参考にさせて貰おう。


「……本当にやばかったら吐いてみるよ」

「うん、気付くのが遅くなってごめんね?」

「言わなかったぼくが悪いと思うからこちらこそごめん」

「体調悪いのにいちゃつく奴がいるかよ……って何だあれ」


 ダリアが指を指した方向を見ると陸地の方向から何かが飛んで来ているように見える。

いったい何だろうと思っていると空中に剣を出現させてそれを足場にしながら高速でこっちへと向かって来た。


「あれはまさか……、ゴスペル?」

「ゴスペルって、もしかしてSランク冒険者の?」

「うん……、でも何で彼が?」

「レースっ!ダートっ!ぼけーっとしてねぇでさっさと防御しろっ!」

「えっ!?」


 ぼくとダートが困惑していると、ダリアが舌打ちしながら心器の剣を顕現させると空間を切り裂いて真空の盾を作り上げるが、そこにいきなり剣が現れて一瞬で壊されてしまうと同時に、ゴスペルが船の上に降り立った。


「見つけたよレース後そこの娘……、ダリアって言ったよね?迎えに来たよ」

「いきなり襲い掛かって来て迎えに来たって何なんだよお前っ!」

「俺はゴスペル、俺の他人格とは話した事あると思うけどヴィーニからお願いされてお前等をストラフィリアに連れて行く事になったから迎えに来たんだよ」

「迎えにって……、行かないって言ったらどうなるの?」

「お前の嫁の命を今ここで奪わせて貰う、彼女の方を見てみろよ俺はいつでも直ぐに殺せる」


 急いでダートの方を見ると、空中から首へと複数の刃が付きだしており少しでも動こうものなら刺さりそうになっている。


「ごめんねレース……、私っ!」

「さぁどうする?俺の【福音】はお前が従わないなら、お前の嫁を始末した後に証拠隠滅の為にこの船を沈めろと言っている、決断をしなければやるぞ?」

「ふざけんなっ!誰がお前のいう事な……がっ!」


……ゴスペルが一瞬にして近づくとダリアの鳩尾に拳を入れる。

彼女は腹部を抑えながら倒れるとそのまま動かなくなってしまう、その姿を見たゴスペルはぼくを見て『次はお前の嫁の番だぞ?早く選択しろ』と冷たい声で言う。

このままだとぼくの大事な人が殺されてしまうかもしれないそう思うと怖かった。

だから……『分かった、君について行くからダートを傷つけないで欲しい』と頭を下げると、彼女に突き立てられていた剣が空気に溶けるように消える。

それと同時にぼくの鳩尾に強い衝撃が入ったと思うと言葉を発する事も出来ずに意識が遠のいて行く最中ダートの悲鳴が聞こえた気がした。

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