ミュラッカと話しながら外に出ると空はすっかり暗くなっていたけど、地面は月明かりを雪が反射して周囲を見渡す事が出来る位に明るい。
「夜なのに結構明るいんだね……」
「えぇ、ストラフィリアでは一年中雪に覆われている事が多いから夜でも明るいのよ」
「そうなんだ……」
正直この時間から実戦形式でぼく達の実力を知る為に戦うのかと思ったけど、これ位明るいなら問題ない気がする。
それに雪で足元が不安定な場所で戦う事が今迄無かったから、貴重な経験が出来るのかもしれないと思うとぼく達の方でも貴重な経験が出来るのかもしれない……。
「さて……、ダート義姉様達が来るまでもう少し時間が掛かりそうだけど、レース兄様の方で何か話したい事ってあったりする?」
「話したい事……?」
「えぇ、さっきから私ばかり話題を振ってばかりで、レース兄様はそれに反応するばかりじゃない?、だからたまには自分から話をして欲しいのよ」
「……んー、なら気になる事があるんだけど、馬車の中でカエデが話していた【氷雪の盾】ってどういう事か聞いてもいい?」
多分冒険者の二つ名のような物だと思うんだけど、何故ミュラッカがそのような名前で知られているのかが気になってしまう。
「あぁ、この国を攻めて来る周辺諸国からストラフィリアを守っている内にそう呼ばれるようになっていたのよ、敵からしたらこの魔術が特徴的に映ったみたいで……」
地面の雪がミュラッカの周囲に浮かび上がったかと思うと、それが大きな盾の形になって表面が氷付いて行く。
その数は一つだけではなく複数の盾が彼女の周囲を回りながら全身を守っていて、確かに氷雪の盾と呼ばれても違和感がない。
「確かにこれならそう呼ばれたりするかもしれない、見る限りだと何処から攻めればいいのか分からないし……」
「……意外と足元から攻撃されるのが苦手だから、結構弱点は多いのよ?……まぁ、それに気付いて攻めて来られて武器で防いで相手を確実に仕留める自信があるから大丈夫だけど……」
「武器って?」
「……心器で顕現させた大剣で、雪と氷で作られた一振りで【軽量化、鋭刃】の効果があるから見た目よりも軽くて鋭くて良い武器よ」
空中に雪が現れたかと思うと、大剣の形になって行き刃の部分に薄い水色の氷の刃が浮かび上がり一振りの両手剣が顕現する。
その美しい姿はミュラッカが着ている鎧ドレスと合わさり幻想的な雰囲気を出していて思わず目が奪われてしまう程だ。
「この大剣と魔術で作り出した盾があれば怖い物は何も無いわ」
「……なるほど確かに敵にすると恐ろしいとは思いますが、対処法が分かってしまったら怖くは無いですね」
「あら、カエデ様結構自信があるみたいですね」
屋敷の扉が開いてカエデとダートが出て来るけど、まるで先程の会話を聞いていたような話し方をしている事に違和感を覚えてしまう。
「レースさんそんな不思議な顔をしないでください、屋敷の外にダート姉様の魔術で空間を繋げて貰って先程の会話を聞かせて頂いただけですから」
「栄花騎士団副団長とも在ろう方が人を使って盗み聞きですか……、それで自身が有利になったと勘違いしてしまう何てお可哀そうな事ですね」
「今からその鉄壁の守りを崩されて負けると思わないで、自分が勝てると思い込んでる姿は滑稽ですね……」
そのまま二人の睨み合いが始まったけど、何ていうかいきなり置いてけぼりをくらってしまったようで何とも言えない気持ちになる。
「ごめんね?、レースの事を信頼しているミュラッカなら二人きりの時に自分の事を話してくれると思って……」
「それ位別にいいよ、だって必要な事だったんでしょ?でも、出来れば教えて欲しかったかな」
「教えるとレースの場合、直ぐに顔に出てしまうから止めた方がいいってカエデちゃんに言われて出来なかったの」
「まぁ、それはしょうがないと思う……」
「うん……」
ぼくの事を心配してくれたダートが事情を話してくれたけど、正直そういう事ならしょうがないと思う。
表情に出ないように気を付けたりはしたけど、そうすると今度は挙動がおかしくなったりしてむしろ悪化したりしたから最近はもう諦めつつある。
むしろこの短所を知った上で側にいて支えてくれるダートには感謝の気持ちしかない。
「さて、三人が集まったからそろそろ始めましょうか……、レース兄様、ダート義姉様にカエデ様準備はいいですか?」
「……はい、お願いします」
「なら、皆が武器を構えたら始めますので武器を出してください」
言われた通りに、手元に魔力を集中させて雪で作られた長杖を顕現させると、ダートも心器の短剣を手元に出現させて構える。
そういえばダートと一緒に並んで戦うのって凄い久しぶりだから上手く連携出来るように気を付けないと……
「レース兄様、何故母様と同じ形の長杖を……、その形を何処で?」
「何処でって、心器を顕現させた時に自然とこの形になったんだけど……」
「……母様はちゃんとレース兄様の所に行って会えていたのね」
「それってどういう……?」
「心器は……、その人の心象風景を顕現させるものですが、魔力の波長が近い血縁同士だと強い思いがあれば亡くなった後に譲渡する事出来るのよ、その場合は形状が元の術者と同じ物になって、受け継いだ人の資質と合わさってより強力な能力が発現するようになるの」
つまりぼくの心器は、今は亡きスノーホワイト王妃の物でそれを受け継いだ物という事なんだと思う。
それに強力な能力が発現するという事は、【高速詠唱、多重発動】とは別につい最近使えるようになった【空間移動】という物がある。
これはぼくの眼で見える範囲の場所に空間を越えて移動するという能力らしいけど、実際に使ったことが無いから分からない。
多分……、空間魔術を少しだけ使えるようになったから増えた物だと思うけど使用したらどうなるか分からないものを試す勇気がぼくには無かった。
「そうなんだ……」
「えぇ、だから母様は亡くなった後に、魂だけの存在になってあなたに会いに来て心器を譲渡してずっと見守ってくれていたのかもね」
「そっか……」
「ごめんなさいレース兄様、私はこの戦いで自分を抑えられそうにないかもしれないわ……、今の私を、ここまで頑張って来て立派に育った姿を母様に見て貰いたいのっ!」
「分かった、おいでミュラッカ、スノーホワイト王妃の思いがここにあるならきっと届くと思うから」
ミュラッカの言っている事が真実だったら何処かでぼく達の事を見守ってくれているのかもしれない。
そう思ったら自然と言葉が出て不思議な気持ちになる。
「えぇ、じゃあ今度こそ始めましょうか……、名乗らせて貰うわね【私は北の大国、覇王の娘にして王位を継ぎ新たな覇王となる者、我が名はミュラッカ・ミエッカ・ヴォルフガングっ!父様と母様より貰いし名の意味は荒れ狂う雪の剣っ!今ここに一振りの剣を持ちて勝利を亡き母に誓う者っ!】、さぁ母様があなたの為に考えて私にだけ伝えて本当の名を教えます、その名を名乗り誓いを立てなさいっ!【キノス・ルミヒウタレ・ヴォルフガング】!」
「わかった、【ぼくは大事な人達を守り、力になりたいと思う者、我が名はキノス・ルミヒウタレ・ヴォルフガング、この戦いで認めて貰いダリアをぼくとダートの手に取り戻す事を誓う者……、そしてぼくの今の名前はレースだっ!偉大なる賢者【カルディア・フィリア】に育てられた【レース・フィリア】だっ!】……、亡くなったスノーホワイト王妃がくれた名前は受け取るけど、ぼくはこれからもレースって名前を名乗るよ、だってそれが今ここにいるぼくだから」
「……えぇ、あなたはそれでいい、そのブレない芯が私の信用した、私だけのレース兄様だもの……、では皆様お覚悟をっ!」
……ミュラッカが地面の雪の上を滑るように移動しながらぼく達の方へと走ってくる。
その雪に咲く一凛の花のように美しくそして気高い姫騎士は、途中で心器の大剣を構えるとぼく達に向かって勢いを付けた一撃を繰り出すのだった。