シンの喉をミュラッカの血が通る度に彼女の身体が反応するように痙攣する。
大丈夫なのかと心配になるけど、今はダートだけではやはり抑えきれそうにないから急いでぼくも前に出ると……
「……小僧、お前さえいなければこんな面倒な事にならないですんだのにな」
「面倒な事ってレースが何をしたというの?」
全身に深い傷を負いながらも戦闘と続けて居るトキを無視する様にマスカレイドがこちらに歩いてくる。
いったいどうしてと警戒するけど、大きな音を立てて心器の魔導工房が崩れて行く異様な光景に思考が追い付かない。
「グロウフェレスが撤退をしたというから急いで向かって見たら、ガイストという優秀な戦力がここまで深手を負っており応急処置をしたが、味方の迎えを待っている間にこの状況だ、これを面倒と言わずに何て言えばいい」
「マスカレイド達の事情でしょ?ぼく達には関係ない……」
「お前は暫く見ない間に自分の意志をそうやって口にして行動するようになり、実際に俺から見ても脅威に感じる程に成長をした……、これは俺の計算外だし成長という無限の可能性に驚きを隠せない」
「えっと……?」
「だからこそ小僧いやレース、お前を倒すべき敵として認識する事にしたとはいえ、現に俺が持ち込んだ魔導具の獣達を作る為の素材は使い果たした……、忌々しい事にあのドワーフのせいでな、だからこそ魔導工房から核を抜いてここまで来たという訳だ」
マスカレイドの腕には巨大な大砲のような筒が抱えられていて、砲身の中には白と黒い光が渦巻いている。
そうしている間に全ての獣を破壊しつくしたトキが両手に黒い戦斧を持ってこっちに向かって突撃するが……
「がっ!?」
「邪魔だ土臭いドワーフ風情が、俺の作品を許可なく武器に変えた罪は重いぞ」
「トキさんっ!?」
飛び掛かって来たトキを魔導工房の核である砲身から放たれた魔力の塊で撃ち落とし意識を刈り取ると再びこっちを見る。
その姿はぼくの知るマスカレイドでは無く、顔に感情が篭り本当にぼく達を忌々しく思っている事が嫌でも伝わる程だ。
「おかげで俺の最高傑作である魔導人形達を作り出す事が出来なくなったのは計算外だ、だからこそ俺の計算を越えた行動を起こしたレースとダートに聞きたい、後そこのお前等と似た魔力を持ったお前もだ」
「……聞いて答えるとでも?」
「答えたくなければ答えなければいい、ダート、お前は元の世界に戻りたいと思わないか?」
「あなたは何を言ってるの?」
「俺はお前を元の世界に戻す事が出来る、お前が望むならレースも連れて故郷へと返してやろうと思うのだがどうだ?」
ダートとダリアの表情が驚きに染まる。
それはそうだろう、元の世界に帰る事を二人は多分諦めていたと思うし、こういう魅力的な提案をされたら驚き戸惑うのも当然だ。
「私は……」
「さぁ俺の手を取れ、そうすればお前の本当の願いを叶えてやると約束しよう、この世界に慣れたとはいえ恋しい筈だ産まれた世界が、会いたいはずだお前の事を愛してくれていた両親に、そして共に暮らしたい筈だ愛しい家族と、考えても見ろお前が居なくなったことでお前の家族は大事な時間を失った、取り戻したいとは思わないか?あの頃の幸せを、失われた時間を取り戻し幸せになりたいとは思わないか?」
「ダート、耳を貸しちゃダメだっ!」
「ダ、母さんっ!」
優しい口調でダートに語り掛けるマスカレイドを見ると胸の中で黒い感情が浮かんで来る。
おまえがそれを言うのかと、自分の欲を満たすためだけに彼女をこの世界に引きずり込んだおまえがどうしてそんな事を言えるのかと……
「俺ならお前がこの世界に来た時と同じ時間にあちらに帰してやれる、それはお前もだレース、お前も過去に戻りたいとは思わないか?今の能力を持ったままであの頃に戻れたらどうなると思う?お前は親に捨てられる事無く、ストラフィリアの第一王子として幸せな生活を送り何不自由ない環境で家族に愛されていた事だろう、そうして戻ったレースはこう思う訳だ『ぼくがあの頃失くした物はこんなに大切でかけがえの無い者だった』とっ!……、俺はお前のそんな大事な思い出になる筈だった失われた時間を取り戻す事が出来る」
「……そう」
「そこの小娘もだ、俺の見立てが間違えでなければルディーの手で産まれた二人の遺伝子を受け継いだ子供な筈、子であるのなら親の幸せを、親であるのなら子の未来を思うものだろう?、だがお前は母親から生まれた存在では無いから心のどこかでこう思っている筈だ『私は本当の娘じゃない』と、ならば俺がお前を二人の本当の娘にしてやる、世界とは面白い物で過去に戻って未来を変えても必ず二人はめぐり逢うだろう、その時に二人の間から生まれた愛の結晶にしてやる」
「おめぇ正気か?」
「あぁ正気だとも、何故なら俺は【黎明】の二つ名を持つマスカレイドだぞ?、常に新しき物を作り出すという事は過去を知るという事だ……、だが残念な事に少しだけ力が及ばない事があってな、だからお前たちにこうやって話した事でお願いしたい事がある、どうかお前たちの未来の為に俺に力を貸して助けてくれないか?」
失われた時間は帰って来ないから今を一生懸命生きなければいけないんだ。
それなのに過去に戻ってやり直す?何を言っているのだろうかマスカレイドは……、でもとても優しい口調で言う彼を見てると信じていいのかもしれないと気持ちになりそうになる。
おかしい、敵の筈なのにどうして……、それに何だろう聞いてると心地よくて引き込まれそうになりそうで……、この人になら付いて行っても大丈夫だって気持ちが湧いて来て……
「レースさん、ダート義姉様、ダリアさんっ!マスカレイドの言葉に耳を傾けないでっ!引き込まれて戻れなくなるっ!戻って来て!」
「ダリアちゃん!、ダメ行かないでっ!」
……その時だった、カエデが今迄聞いて事が無いような大きな悲鳴の用な声を出してぼく達に抱き着いて来る。
それと同時にダリアの方もルミィが手を引っ張って大声を出していた。
ハッとしてぼく達は顔を上げ前を見るとそこには、何時の間に現れたのかガイストを抱き上げて何処かへ運ぼうとしているケイスニルの姿と、髪を鮮やかな赤に染めたシンが顔色の悪いミュラッカを片手で抱き寄せながら心器の剣をマスカレイドに向けて構えている姿が映るのだった。