目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第89話レッスン83「スタンピード (1/3)」

「おい、オーギュス……それはさすがにヤバいぜ」


『街』で俺たちがアジトとして使っている宿の一室で。

 目の前に積み上げられた『魔物寄せの香木』を見てびびっちまったのか、冒険者崩れの男が引きつり笑いをする。


「悪ぃが俺は降りさせてもらう」


「お、俺もだ!」


「悪いな、俺も……」


 次々と逃げ出していく野郎ども。

 ふん……悪党にすらなり切れない、糞どもが。


 ――――難民村の川に糞を投げ込む策も、上手くいかなかった。


 一時は難民村が恐慌に陥り、この『街』から去ろうという意見を醸成することが出来たんだが、クリスのやつが、あの『アリス』とかいう女と一緒にあっという間に街中を治しちまった。


 ……クリス。

 どこまでも俺の邪魔をする、憎い男。


「だいたいお前、こんな量の魔物寄せをいっぺんに使ったら、魔物暴走スタンピードが起こる。いくら城壁に囲まれてるっつっても……この街が壊滅するぞ」


 まだ残っていた最後の男――孤児院時代から連れ立ってた悪党のひとりが、青い顔をして俺に言う。


「だから? それが目的なんだ。何が悪い」


「お前、いいのかよ……そうなったらシャーロッテだって、きっと死んじまう」


「ふん……」


 シャーロッテ……孤児院のガキどもの中で、唯一俺の思い通りにならなかった女。

 俺はあの孤児院で一番体が大きくて、腕っぷしも強かった。

 男も女も、ちょっと脅して殴ってやればすぐ思い通りになった。

 ……けどシャーロッテだけは、言うことを聞かなかった。

 女のくせに、気に食わない。

 孤児院の女の中で一番の美人で、気が強く、『次代のミルク・母乳メディエーター調停官・セカンド』だとか呼ばれて調子に乗っていた。

 屈服させたい……と、そう思った。

 そしてあの女は、まるで子犬でも可愛がるみたいに、クリスのことを可愛がっていた。

 あいつからクリスを取り上げたら、どんな顔するだろう?

 泣くだろうか? 怒るだろうか?

 俺がクリスをイジメる度に、あいつは堂々と俺に文句を言ってきた。


 イジメられるしか能がないクリス、そんなクリスを飼って自己満足にひたるシャーロッテ、そんなふたりが気に食わない俺。


 そういう関係が崩れたのは、1ヵ月前。

 あの、『アリス』とかいう女冒険者が現れてからだ。

 クリスは瞬く間に強くなり、兎の首を狩り、盗賊やオークの首を狩り飛ばすようになった。

 俺は薪の納入の件でクリスにハメられて、冒険者ランクを降格させられる憂き目に遭った。

 本当に、何もかもが気に食わない。

 クリスはクリスだ。

 あいつは惨めでなきゃならないんだ。

 あいつが笑うなんてことは、あっちゃならない。


「死んだらいいんだ、あんな女」


「付き合ってらんねぇよ……俺も降りる」


 そうして俺は、ひとりになった。



   ■ ◆ ■ ◆



魔物暴走スタンピードです!!」


 真夜中に血相を変えたミッチェンさんが訪れて、そう言った。


「西の森から魔物たちが湧き出て来て、この街の城壁に殺到しています!!」


「なんてこと――…」



   ■ ◆ ■ ◆



『街』の西端、難民村は戦場と化していた。

 壁を飛び越えることができる鳥系の魔物が入り込んでいて、警備をしていた冒険者たちと交戦している。


「【無制限アンリミテッド収納・アイテム空間・ボックス】! ――怪我はありませんか!?」


 鳥の魔物を【収納】しつつ冒険者に駆け寄る。

 相手はCランクのベテラン冒険者ベランジェさんとパーティーメンバー3人だった。


「ああ、大丈夫だ」


「ではベランジェさんたちは難民の避難誘導をお願いします!」


「はっ、すっかり町長気取りじゃねぇか」


「はは……」


 軽口を叩きつつも、ベランジェさんは難民村の方へ走っていく。






「ガァァァァァゴォォォオオオオッ!!」






 そのとき、壁の向こうで腹に響く咆哮が聞こえ、


 ガァァアアアアアンッ!!


 と、鉄の壁に何かがぶつかる音が聞こえた。


「【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析アナライズ】――クリス、マズいさね。壁がたないかもしれない」


 隣でお師匠様が顔を歪める。


「えっ!? 厚さ1メートルの鉄の壁ですよ!?」


「壁の向こうにベヒーモスの成体がいる。あれの突進を何度も受けたら、壁自体が平気でも根元から倒れるさね」


「あああ……」


 壁はあくまで地中5メートルにはめ込んでいるだけであり、土中は石畳で舗装しているだけだ。


「【収納】するしかありませんわよ、クリス君!」


 隣でノティアが言う。


「壁の上まで飛びましょう――【飛翔レビテーション】!」


 ノティアに、壁の上へと引き上げてもらう。


「【灯火トーチ】!」


 ノティアが壁の下を明かりで照らし上げる。


「――ヒッ!?」


 まるで、『波』のような魔物の群れが、壁の下を埋め尽くしていた!

 四足獣の魔物、ゴブリン、オーク、オーガの群れ、そしてその中心にいるのが、


「あ、あれがベヒーモス……」


 あらかじめお師匠様に教えられていなければ、それを生き物だとは認識できなかったろう。

 まるで岩山のように巨大な、鋭い角を持った四本足の獣――伝説級の魔獣だ。

 Aランク冒険者パーティーが束になっても敵わないような強敵。


「さぁ、クリス君!」


「う、うん――…」


 僕はベヒーモスへ意識を集中し、丹田から両手の平へ魔力を引き出して、


「【無制限アンリミテッド収納・アイテム空間・ボックス】!!」


 ――――バチンッ!!


 と、ベヒーモスの周りに白い魔力光が発生した。

 そして、【収納】したはずのベヒーモスの姿が、まだそこにある。

 こ、この感覚は知っている……風竜ウィンドドラゴンのときと同じだ。


「あ、あぁ……抵抗レジストされた……ッ!!」


「そんな――…」


「ガァァァァァゴォォォオオオオッ!!」


 ベヒーモスによるさらなる突進!!

 壁がぐらぐらと揺れ、僕たちは空へと退避する。


 ……まずい。

 まずいまずいまずい!

 このままじゃ、壁が倒されてしまう!

 こんな数の魔物に侵入されてしまっては、街が壊滅する!!


 どうすれば――――……

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?