すずらんの花言葉は『純粋』『純潔』『謙虚』である。
海外では、すずらんの白い花が聖母マリアのベールに似ているということから“清純”の象徴とも言われている。
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「なるほど、それであなたはわたしにあなたの
「そうなんです刑事さん。司法解剖をお願いしたいのです」
わたしは父親が40歳の時に生まれたひとり息子である。母はわたしの出産後、産後の肥立ちが悪くほどなくして他界してしまった。
最近まで父と二人きりで暮らして来たわたしにとって、80歳を手前にして父が再婚に踏み切ったことには正直驚きを隠せなかった。しかも、その再婚相手というのがよりにもよって自分よりも年下の女だったのだ。
誰が見ても遺産目当ての結婚だと思うだろう。父は不動産投資で多くの財を築いたビルのオーナーだ。総資産は数百億円を下らないと言われている。
「
毛量の多い中年の刑事はまるで藪の中から覗き込むかのようにわたしの顔を一瞥した。
「父の健康状態は良好そのものでした。少なくともあの
「どういうことです?」刑事は
刑事は風野の二重の瞳を見て尋ねた。
「はい。今は一緒に暮らしていません。わたしは独立していましたから」
「お父さんの仕事を継ぐ気はなかったのですか」
「行く行くはそうなったのでしょうが・・・・・・しばらくは絵画に集中したかったのです」
「画家としてですか」
そう、わたしは画家なのだ。
「そうです。別居したのは父との軋轢あつれきから逃れるためでもありました」
「そうですか。それで、お父さんのお亡くなりなられた件で、あなたが気になった事とはいったい何なのですか?」
「もし父たちと一緒に暮らしていたのなら、きっとわたしも父の変化には気づかなかったでしょう。父が再婚してから時々顔を合わせるたびに、父が衰弱していくような気がしていたのです」
「日に日に衰弱していったと言うのですか」
「そうです」わたしは頷いた。「そして気がついてしまったのです」
「何にですか」
「庭一面にすずらんの花が咲いていることをですよ」
「すずらん?」
「鈴子さんが植えたのに違いないと思います」
「以前はなかったというのですか?」
「あったのかもしれませんが、気がつきませんでした」
「でも、それとお父さんが亡くなられたこととの結びつきは?」
「わたしも詳しく調べるまでは知りませんでした。はっきり言って驚きました。すずらんには青酸カリをはるかに上回る強烈な毒があるのです」
「ほう」
わたしは刑事の目尻にシワのある小さな瞳をみて言った。「成人男性の致死量はたった18gなのだそうです」
「18g・・・・・・」
「そうです。毎日少しずつでも父の食事に混ぜていたとしたらどうなると思いますか?」
刑事は疲れはてた牛ように首を振った。
「ううん。まだ信じられないな。あの大人しくて清純そうなご婦人が、そんなことをするなんて・・・・・・。分かりました。ご子息のあなたがそこまで言われるのなら、司法解剖をしてみましょう。夫人にはわたしから形式的な検査とでも話しておきますよ」
「ありがとうございます。お願いします」
わたしは頭をさげた。これであの女の悪事も明るみに出ることだろう。
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翌日刑事が訪ねて来た。司法解剖の結果が出たというのだ。
「どうでしたか?」
なぜだろう。刑事はイタズラでもみつかった子供のような顔をしていた。
「司法解剖の結果、毒物は発見されませんでした。おかげで死因は特定できましたがね」
「なんだったのです?」
「ちょっと言いにくいのですが、お父上は若いご夫人を本当に愛していらっしゃったのですね」
「それで?」
「あなたも別居していなくなったし、あのお歳で毎晩頑張りすぎてしまったのでしょう」
「はあ?」
「いや羨ましい限りです・・・・・・」
刑事もわたしも、鈴子の清純な顔を思い浮かべ、ふたりして顔を赤らめてしまったのだった。