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第9話白き令嬢は囲まれる

 どこから声が聞こえる。


 最近そばにいてくれたバリトンの声と似ているけど、何か違う。


 「なぁ、人間ってどれくらい寝るわけ?まだ起きないの?」


 人間って私のことだろうか……?


 「疲れも出たんだろう。獣人と違って人間は弱いからな。」


 むしろ同じにしてくれるな。とも思う。


 「こら、静かにしろ。起こしてしまうだろう。せっかくレオニードを出し抜いたのにバレる。」


 レオニード?ああ、そうか。婚約破棄されるのに成功してすぐ隣国に来たんだった。


 「今何時ですか?私はどれだけ寝ていたのでしょうか?」


 重たい瞼をこじ開けてそっと体を超す。


 「おや、起きてしまった。」


 「兄貴が騒ぐから。」


 「お前だろ?」


 部屋が明るいことを考慮しても今は昼前くらいだろうか。にぎやかな声の主を探して部屋の中を見るも人影は見当たらない。


 最近ずっとそばにいた人物も見当たらず、がっかりする自分に気づく。


 「空耳?」


 小首をかしげてふと、違和感に気づく。シーツが引きつってる気がする。つまり、このベッドのすぐ脇に誰かがしゃがんでいるってことだろうか。ベッドが大きすぎて移動しなければ様子が見れない。子供だろうかと思いながら驚かさないようにそっと膝と手で進む。


 「空耳じゃないよっ!」


 「ひゃっ!」


 悪戯っこのような声で出てきたのは赤色の獅子。


 「急に飛び出すな。驚かせるだろうが。」


 それに続くようにそっと顔を出したのは白い獅子。ベットの縁に顎をかけてひくひくと鼻を動かしている。


 「なるほど、これは喰いたくなる可愛さだな。」


 黒い獅子がにやにやと言った。黒いのに先日見たのと違う気がする。目の前にいるほうが毛艶がいい。でも一回り小さいきがする。それに先日の獅子ほどの威厳のようなものを感じない。


 「えっと。食べてもおいしくないと思います。」


 おいしくいただかれても困る。と冷静に感じつつも不思議な感覚が走る。


 食べるなど不穏なことを言っているのにちっとも怖さを感じない。それどころか親しみすら感じる。初めて見る獅子たちなのに。


 「しゃべれるということは獣化した獣人さんですね。えっと、黒い獅子さんがいるということはレオニードさまのご兄弟でしょうか?に、しては随分とカラフルですね。」


 ふと思ったままをそのまま口にしてしまった。まだ頭が寝ぼけているのかもしれない。


 「変な人間。目の前に獅子がいるのに怖くないの?」


 何が面白いのか楽しそうに赤獅子が問う。


 「怖い?」


 三者三様の獅子を見つめて考える。


 「怖くないです。お三方は私を怖がらせようとしてないように感じますから。」


 「へぇ、やっぱあいつの番だから獅子が怖くないのか?」


 興味がわいたように黒獅子がベッドに両前足を載せて身を乗り出した。赤の獅子に関してはすでにベッドに乗ってこちらをじっと見ている。


 「怖いというよりは、触ってみたいです。ダメですか?」


 先ほどから目のもふもふが気になってしょうがない。


 「駄目だ!!」


 よく響くバリトンの声がしたかと思うと麦の稲穂色した獅子が目の前に飛び込んできた。前足で黒獅子を叩いてベッドから離れさせ、次に赤獅子に噛みつこうとすれば赤獅子はひょいと避けてひらりとベッドから降りた。


 「お前たちここで何をしているっ!淑女の寝室だぞ!!」


 立派な体躯は先日の黒獅子にも負けていない。艶やかな毛は陽の光を浴びて金色のように光る。太い前足が威嚇するようにたしたしとベッドを掻く。しかしその尻尾はシェリーの腰に巻かれている。


 「狭量者は嫌われるぞ。」


 「ちょっと見るぐらいいいじゃん。」


 「余裕なさすぎだろう。」


 口々に好き放題言う三者にバリトンの声で唸りを上げる。


 その後ろ姿にシェリーは呼吸をするように自然と手が伸びた。ほとんど無意識の行動だった。ぎゅっと太い首を抱きしめると柔らかくふわふわな毛が頬をくすぐってお日様の匂いに混じってほんのりムスクの香りがする。


 馬車の中で感じていたその香りに自然と心が軽くなる。


 「レオ。」


 見事な鬣に顔をうずめて囁くようにつぶやく。


 「会いたかった。」


 あまりにも自然に口から漏れ出て、シェリーははっとした。


 (今、私は何を口走った?)


 顔に集まる熱を感じて身動きが取れない。


 「リィ?私が分かるのか?」


 優しげな声に問われてふと顔を上げれば、そこには空色の瞳があった。


 「レオニードでしょう?間違えるはずないわ。」


 蕩けるように細められた瞳、柔らかな毛色、そしてこの香りを間違えるはずない。なぜかそんな確信があった。


 その言葉に獅子たちは瞠目し、やがて地面の三匹はやれやれ、と部屋の入口に向かって動き出す。


 しかし、そんな三匹になど目もくれず、レオニードはそっと頭をシェリーに擦り付ける。愛しい気持ちを込めるように。


 「レオ、あの、触ってもいいですか?」


 さっきあれほど抱きついていたのに今更聞くのはおかしいだろうか。とも思ったがべたべたと無神経に触って嫌われてしまうのは嫌だった。


 「ああ。リィにならたくさん撫でてほしい。」


 お許しが出たので頭をそっと撫でる。耳の付け根を掻いて顎から首にかけて撫で上げればゴロゴロと声がする。


 「気持ちいいのですか?」


 「それはそうだろう。」


 うっとりと目を細めて身を伏せると、ごろんと横になった勢いでその頭がシェリーの膝に乗った。さらされた顎を撫でれば嬉しそうな声がする。


 「番に触れられて喜ばない獣人はいない。」


 「つがい……?」


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