寒い。ここはひどく寒くて寂しい。
あの頃に戻りたい。
何度切実に願い祈るように瞼を落とし寒さに震える朝が怖かった。
両親に守れた幸せな時間。
姉弟でにぎやかなひと時。
穏やかで揺蕩うような心地よさ。
もっと大切にできたはずなのに。
もっと慈しめた。
もっと愛せた。
もっともっと……。
なのに。
ふと温かな空気に空を見上げる。
暖かい。
あた……
暑い……?
太陽が浮かんでいる。
(なんで一個じゃないの?太陽四つとかもはや灼熱地獄なのでは?あれ?太陽って四つが正解だっけ?)
水が欲しい。
猛烈に水分求ム。
なのに足が動かない。
何なら転んで身動きすら取れないのに太陽どもは照らしている。
ジリジリと。
「―――――!!」
結論からのべよう。すべて夢であると。
(しかもこの状況は……?)
モフモフに埋もれている。
(や、好きだよモフモフ。可愛いし、気持ちいいし。)
しかしいかんせん身動きが取れない。
まるでソファのようにもたれかかっているのは白い毛皮。柔らかくてふかふかでさらりとした手触りは高級絨毯のようでずっと触っていたくなる。指が沈んでわしゃわしゃしてると「ふふふ」と声がする。
(この声はテディ?そういえば白熊の獣人って言ってた。獣化するとこんなに大きいのね。)
それから肩にかかる重み。見た目より地味に重い。
茶色い羽毛はよく水をはじくのだろう。柔らかいのにつるつるしている翼の間からそっと手を入れるとふんわりとした極上の羽毛。
(暖かい。この翼はトマさんね。)
左手をそっと動かせば当たる滑らかな黒くて毛足の短い毛皮。すべすべしてずっと撫でていたい感触に伝わるぬくもりが心地いい。
(これは…ヴァイスさん?)
無意識だろうか、手の動きに合わせるようにすり寄ってくる頭が可愛いと思ってしまう。
(動けなかった理由はあなたですね。)
膝の上に鎮座する青毛のモフモフ。ためらいつつも手を伸ばすと少し硬い長めの毛。毛並みに沿って撫でているがあえて流れに逆らって根元まで手を沈めて堪能してしまう。きっとされている本人は嫌かもしれないけど。
「そういえば昔も嫌がられたけど、手を叩かれたり怒られたりすることはなかったかも。」
「そんなことするわけないだろう。」
「だからつい調子に乗ってやめれなくなるのよね。好きだから……。」
気のせいか相槌が聞こえたような……。
『!!』
空間に広がる二重の衝撃に10の瞳が見開かれる。
「え?あれ?みんなおきてたの?」
「ティア、待ってくれその意味は何だ!」
「まさかクロウが一番なんて言わないよね!ティアは僕のことも好きでしょ!?」
「え?あのテディ?」
「ティア、もう一度言ってくれないか。ちゃんと目を見て。」
「ついつい調子に乗ってごめんなさい。」
「違う。」
「えと、違うの?」
「そこじゃない。それに怒ってない。でなくて、その後だ。」
青毛の狼がその身を起こしのっそりと両脇の隙間に前足をうずめて、額を擦り付けてくる。これが人型の姿なら壁ドンと言うやつだろうが、今の状況でそれに思い至らず、フロンティアは寄せられた額を避けることなく好きにさせる。
「手触りが好きだから……?」
「なんか余計なのが付いているぞ。」
「だってクーの毛を逆なでにした感触好きなの。クーが嫌がってるのはわかっているんだけど止められないというか。」
「まって、ティア。」
「それは毛並みの話だな?」
「意識してるわけじゃないんだよね?」
「ん?うん。どうしたの?」
ほっと胸をなでおろす動物たちに困惑を浮かべる少女。
「そんなことだろうと思ったよ。」
呆れたようなクロウの言葉に混迷はさらに深さを増す。
「ごめんなさい。何の話?」
状況のつかめないフロンティアとため息を落とす動物たち。
「それよりティア、傷はどうだ?痛くないか?」
「傷……?ああ。そういえばどこも痛くない。」
ついつい手は目の前のクロウを撫でるままに思考は彼方へ飛ぶ。
魔物の攻撃に当たって毒に侵されたはず。毒自体は浄化したけど傷は治せていないはずなのに。
「私生きてる……。」
「ティアが死んでしまったら俺も死んでしまう。もうこんな思いは御免だ。」
「あの…ごめんなさい。」
「クー、それだとティアを攻めているように聞こえますよ。心配なのは皆同じです。」
「ティアごめん、僕をかばったせいで痛い思いさせてしまった。」
「そもそもは前線で戦っていた俺たちの慢心だ。さっさととどめを刺さなかったから。すまないティア。きっともうこんなことにならないようにするから。」
懇願するような目に見つめられてよくわからないが何か反応せねばと思う。が、どう返すのが正解かわからず頷くしかできない。
「あの、私ももっと上手に避けれたらよかったんだけど、心配かけてごめんなさい。」
「何にせよ無事でよかった。ここの木は聖なる木と呼ばれていて、ここで休むと傷を治してもらえることがあるんだ。」
つまり治らないこともある。あくまで木の気まぐれなのでその可能性は賭けだ。
「もうこんな失態はしない。ティアは俺たちが守る。」
「よかった。」
『うん?』
「みんなが仲良くなってくれて。」
柔らかな笑顔を浮かべると再びフロンティアは意識を手放した。その傍らで四匹の獣は呆気にとられ、安堵の息を漏らして守るように少女を囲んで丸まるのであった。