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第23話 獣たちの盟約

狭い通路から脇にそれた先にその空間はぽっかりと広がっていた。地下だというのにそれを感じさせない明かりを纏った木は冒険者を守るようにそこに佇んでいる。


 その場所はこのダンジョンを踏破したものなら誰もが使う休憩所のような役目を果たしている。木の脇からは湧水もしみだしていて、誰が組んだのか焚火の使用跡があり、次に使うものが困らないようになっている。


 木の傍らにフロンティアを横たえ、男たちは祈るようにその様子を窺う。


 意識を手放す前に彼女が行った行為は恐らく浄化であろう。毒が抜けた証拠にその顔色から青みが抜けている。


 しかし、この世界に回復魔法なるものはない。その神の御業と思われる行為ができるのは奇跡の化身『聖女』だけで、この国にはそれがいない。世界でも一人と言われているし、その出現は世界の終わりが近づくときともいわれる。


 つまり、フロンティアが施したそれは、傷を癒すものではなく、ただ体から毒という汚れを出しただけのことで、これまで衣服を浄化し乾かした複合魔法と同じなだけで傷そのものは体に刻まれたままだ。


 次第にその顔色は赤みを増し、小刻みに震え始める。


 「まずいなですね。傷のせいで熱が出始めたようです。」


 「何にしても傷の手当てが先だ。」


 言うが早いか、クロウは鞄から包帯を取り出す。それを手伝うためにトマホークがフロンティアの衣服を無がし始める。


 「ティア、すみません。緊急時ですから、お叱りは後でいかようにも受けますので。」


 気を失っている彼女が聞こえるはずもないが一声かける。


 血にぬれたシャツは半分以上染まっているし、カーキのズボンも色がはっきり変わっている。肌に張り付いたそれを脱がしていると、湧水で濡らしたタオルをヴァイスが差し出す。


 扇情的な下着姿だというのに、今はそれどころではない。衣服にしみて必要以上に汚れた体を綺麗に拭ってやる。


 肌はキレイになっても傷はふさがることはない。


 くすりをたっぷり布に塗り、その布を当てて包帯で巻く。


 「このままではフロンティアにも俺たちの目にもまずい。」


 悲痛な処理を済ませて冷静になれば、さすがに番のこの姿はまずかろう。


 先ほど脱いだ外套をぐるぐると巻き付けるとクロウはその身を獣へと変じる。通常の狼の三倍はあろうかという青毛の大きな狼がぐるりとフロンティアを囲もうとするが蓑虫状態で力なく横たわる少女を包むにはいささか足らない。


 「ちょっとまて。それなら俺もやる。」


 「おや?僕、にできるのですか?」


 「ほざけ。男にそんなこと言われてもうすら寒いだけだ。」


 射殺すような目でトマホークを睨みつける目はたちまち大きな白熊へと変わる。柔らかく毛足の長いその身を丸めて屈みこむ。


 「ここにティアを持たれかかるように寝かせてクロウは足の方を温めろ。おそらく今晩は痛みで暴れる。避けな打撲を付けないよう抑えろよ。」


 「急に偉そうだな。」


 にやりとクロウがつぶやけばテディは鼻を鳴らして憤慨する。


 「おれが優しくするのは番のティアだけだ。大体おれは22でお前らより年上だからな。敬え餓鬼ども。」


 「あんだけティアにわかりやすく媚び売ってうやつに敬うとか無理。」


 あまりの変わりように若干引き気味のヴァイスが悪態をつく。


 「番を手に入れるためなら己の容姿を最大限活用する。それは生き物の常識だろう。むしろ外聞を気にして他の雄にかすめ取られるよりよっぽどいい。」


 「そのことなんだが……。」


 意を決したようにトマホークが口を開く。


 「現状、ティアに決まった相手も人間の恋人もいない。ならばここは獣人の掟に従うというのもありじゃないかと思う。」


 「人族のメスに獣人は5匹までってあれか。」


 「通常は一度の結婚後一年は空けるようにとなっている。そこはどうする?最後の奴は四年後だそ。」


 通常人族の女が獣人と複数婚姻する場合、一人目の夫と結婚してから一年は空けてから二人目の夫と結婚する。これは子供ができた場合、男の種族で妊娠期間や出産人数が変化するため安全のためにとされている習慣ではあるが、掟ではないし例外だっている。


 「それだけ待てるならそうしてらいいのでは?私は御免こうむりますが。」


 「四年待ってる間に5人目が現れそうでぞっとするね。」


 茶化したような口調でいるがヴァイスの目は笑っていない。


 「もちろん選択権はティアにあります。しかし、初日よりましになったとはいえこのまま四人でけん制し合っているよりも協力したほうがいいのでは?最悪、ティアが悩んで誰も選ばなければ現在狼族の保護下にある彼女は長が選んだ必要な数の雄をあてがうことになるでしょう。」


 「はぁ!?」


 「それはいただけないな。」


 そこから先誰が何を言うでもないが、男たちは互いに頷きあった。それは同士が絆を確かめるように、あるいは新たな群れの誕生のように静かにだが確実な関係の始まりであった。



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