「真咲様と何かトラブルありましたか?」
「昨日、いつまでいるんだ。邪魔だ消えろと言われました」
テレビや雑誌では爽やかで物腰柔らかなイメージがある真咲隼人。
ルリさんの世界の彼も偉そうだったが、どうやらこちらの世界の彼はもっとひどそうだ。
「長居したんですか? 真咲様は明らかに仕事に集中したくてホテルに宿泊していると思いますよ」
大河原麗香と結婚してまもない新婚なのに、実質別居状態。真咲隼人はホテルから出勤して、夜にホテルに戻る生活をしている。
「すみません。下心がありました」
「ファンでも、節度は持たなきゃいけませんね。今はお客様と従業員の関係ですから」
つい偉そうに説教してしまったが、ここでは神崎さんの方が私より先輩。
「あわよくば、第2夫人になれるかもと思ってしまったんです」
顔を覆って啜り泣きだす神崎さんに呆れながら、私は真咲隼人の部屋にアイスコーヒーを持って行く事にした。
ノックをすると、真咲隼人が扉を開ける。
こちらの世界の彼とは初めて会うが、当たり前だがルリさんの世界の彼と同じ顔をしている。色気のある美しい顔。顔は良いが性格は最悪なのだろう。
「ありがとう。そこの机に置いたら出てってくれ」
そっけない彼に少し笑いそうになってしまった。もう1つの世界で愛を伝え続けると縋り付いてきた彼とは大違いだ。
机にアイスコーヒーを置いたその時だった。後ろから、ドカドカと誰かが入ってきた音がする。
振り向くとそこにたのは鬼のような形相の大河原麗香、改め真咲麗香だ。気がつくと真咲隼人は部屋に侵入してきた麗香さんの存在を無視するように、椅子に座りパソコンに向かっている。
「隼人、どうして帰って来ないの?」
「五月蝿い。仕事の邪魔だ」
「質問に答えてよ」
「君と結婚する契約は果たした」
淡々と答える真咲隼人に、麗香さんの唇が怒りで戦慄いている。
修羅場になりそうなので、私はさっさと立ち去ろうとした。すると麗香さんが私の手首を持って引き止める。
「ねぇ、酷いでしょ。これがこの男の正体なの」
「⋯⋯。」
真咲隼人はホテルのお客様。麗香さんの意見に完全同意だが、そんな失礼な事お客様相手にできない。
「隼人、家に帰って来なきゃ、子作りできないでしょ。真咲グループの跡取りが必要なはずよ」
「じゃあ、排卵日に連絡してくれ。何度も呼ばれたくないから、排卵誘発剤も使うように」
パソコンから顔も上げずに、淡々と仕事の指示を出すように話す真咲隼人。麗香さんの顔は怒りで沸騰し出したように真っ赤だ。
麗香さんはズカズカと真咲隼人の前まで行くと思いっきり手を振り上げ彼の顔を引っ叩く。
「やめてくれないか。悪役ヅラの君と違って、この王子のような美しい顔は仕事に使えるんだ」
真咲隼人は自分の顔を一瞬だけ撫で、また仕事を再開している。
(王子?)
「私はここで、失礼します」
今度こそ出て行こうとすると、再び麗香さんに手首を掴まれた。
「聞いてください。この人、ビジネスで女好きを装ってるんですよ。熱愛報道出る時って大抵新シリーズの宣伝時期と被ってるでしょ。わざと、撮らせてるんです。仕事しか愛せない! 人間じゃないみたいなつまらない男!」
麗香さんが悲痛な表情をしている。私がチラリと真咲隼人を見ると彼は呆れたようにこちらを見ていた。
「麗香、君はいつまでいるんだ? 仕事の邪魔だ。僕がどう言う人間か分かってるなら、早く出てってくれ」
麗香さんの瞳が真咲隼人のナイフのような言葉に潤みだす。麗香さんは涙を見られたくないのか逃げ出すように部屋を出ていった。
麗香さんの後ろ姿を呆然と見ていたら、真咲隼人が私の顔を覗き込んでいた。
「今、見たことは秘密でね」
口元に人差し指を当てながら、ウィンクする真咲隼人。私とルリさんも大分違うが、彼は別人のようだ。