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第72話 私が野心家!?

「当然です。守秘義務がありますので」

「君がルームサービスではなくフロントにいたら、麗香をここまでは通さなかっただろうね」

「勿論です。当ホテルの不手際、誠に申し訳ございませんでした」

 頭を下げて顔を上げると真咲隼人が私の顔を食い入るように見ている。


「?」

「園田瑠璃、見覚えがあると思ったら心理学者の森本正義の娘か⋯⋯」

 真咲隼人が私のネームプレートを見ながら呟く。


「父をご存知なんですか?」

「テレビ局で何度か会った事があるよ。会う度に話し掛けてくる。多分、両親を幼くして失った僕に興味があるんだろうね」


 冷たい目で父を語る真咲隼人の言葉にゾッとした。父は心理学者だ。人を研究対象のように見ている節があるが、対象者がそう見られている事に気がついている。父は自分のことしか考えない人間だから、きっと心ない言葉で彼のことも傷つけただろう。華やかな印象のある真咲隼人の境遇にも驚いた。


「私に見覚えがあると言うのは、一体どこで⋯⋯」

「森本さんに娘が園田リゾートホテルズの御曹司と結婚したって、写真を見せられたから君に見覚えがあったんだ」

 研究対象として見られているのに父に悪い感情どころか、何の感情も抱いてなさそうな真咲隼人。それどころか、妻の麗香さんや目の前の私に対しても、何の感情も持っていなさそうだ。


 もう1つの世界の真咲隼人と違い、情とは無縁なサイボーグ感がある。人に全く興味がなさそうだ。もし、ルリさんが彼に感情を吹き込んだのなら、2人の出会いは確かにクリスマスの奇跡。サイボーグ社長を束縛社長に変えたルリさんは魔法使いのようだ。


「そうでしたか」

「父親の話をしている時に怯えが見える。大方、教育虐待でも受けていたんだろう」

 急に名探偵のような口振りになる彼に私は戸惑ってしまった。


「私は別に⋯⋯なんで、そんな事⋯⋯」

「少なくとも君が父親を尊敬していたら、同じような道を選んでる。別に珍しいことじゃない。子は高学歴の親を持つと、物心つく前から類似することはみなされてるよ」

 真咲隼人は真咲グループを継いでるが死んだ父親を、どう思っていたのだろう。目の前の男には感情が無いようで、自分で道を選んでさえいないように見える。


「復讐の仕方を教えてやろうか」

 私を見下ろすように言う真咲隼人は威圧感が半端ない。

「復讐?」

 彼は指で何か小さなものを摘む仕草をする。


「相手の存在が全く気にならないくらい高みに行くんだ」

「高みですか⋯」

 彼は相当な変わり者。ルームサービスを持ってきた客室係に指南を始めている。私の心を読んだように再び彼が口を開いた。



「そんな風に冴えない制服を着ていても、君は相当な野心家。人より仕事に興味がある君は僕と同じような匂いがする」


「私、人に興味があります。結婚もしましたし」

 私は別に野心家ではなく、毎日楽しく暮らせたら幸せだと思うタイプ。

 自己分析と全く違うことを真咲隼人に言われ、私は少し混乱していた。


「ふっ、僕も結婚してるよ。園田瑠璃、いくらささやかな幸せを求める女を気取っても無駄だ。僕には君の本質など既に見えている」


 真咲隼人がバカにしたような笑いをする。本当にいけすかない男。そして、自意識過剰過ぎて、ツッコミどころが満載。でも、今は大切なお客様だから噛みついても、爆笑してもいけない。私は吹き出しそうになるのを必死に堪えた。



「まずは園田リゾートホテルズを自分のものにしろ。お姫様のようなルックスも活用して広告塔になれ。そこまで出来たら、このホテルの利益になる契約をしてやる。稼がせてやるよ。園田瑠璃」


 「お姫様」などと初めて言われた。でも、ルリさんがやたらと王子様、お姫様などと言っていた理由が今分かった。

(真咲隼人の影響か⋯⋯)


 そして、どちらの世界でも真咲隼人は上から目線で偉そうだ。はっきり言って嫌いなタイプ。なぜ、もう1人の私が彼に夢中なのか理解に苦しむ。そして、私の世界の真咲隼人は人間離れした怖さがある。メディアに出ている物腰柔らかな王子姿は全て演技で、本当の彼は利益だけを追求するマシーンのようだ。


「色々とご教授ありがとうございます。しかしながら、私にはそのような野心はありません。それに、今でも十分真咲様は当ホテルに利益を与えて頂いております」


「たかが、1日150万円程度で利益? 今日イチ笑わせてもらったよ。下がっていいぞ」


「ルームサービス3万5千円、クリーニング代2万円も頂戴し、昨日の利益は158万5千円です。ご利用ありがとうございます。今後とも当ホテルをご贔屓にして頂けるとありがたいです」


 私が頭を下げて部屋を出ていく背後から、真咲隼人の心底楽しそうな笑い声がした。


 それから半年後、私がホテル経営陣に提案した業務のマルチタスク化が採用された。私はホテルの経営関わるようになった。


 次はホテルの防災意識を改革していくつもりだ。私は航空会社に比べホテルが災害時の防災意識が低いと感じていた。搭乗したお客様の安全を守るのと同じ気持ちで、ホテルも宿泊客の安全を守る責任がある。非常時の対応こそ企業価値が問われる。赤字であっても防災には予算を割くべきだ。


 しかし、しっかりと準備した上で参加した経営会議だったが私の提案は簡単には通らなかった。

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