今日は日本に7軒、海外に2軒ある園田リゾートホテルズの総支配人が集まっている経営会議だ。
「瑠璃さん、地震時の宿泊者の安全を守る事に関しては重要だと思いますが、台風時のお客様対応はやり過ぎではありませんか?」
園田リゾートホテルズ那覇の総支配人が意見してくる。沖縄は台風の通り道。台風時の対応が変わると一番影響を受ける。
「お配りした那覇の過去3年の台風の日の宿泊リストをご覧ください。飛行機が欠航になった影響で、宿泊客の9割がキャンセルになっています。自宅に戻りたいのに戻れないお客様から延泊料金をとると、旅はお客様にとって最悪な思い出になるでしょう」
園田リゾートホテルズ那覇は殆どが沖縄外からのお客様だ。
「足止めくらっている間の延泊料金を取らないなんて、ホテルは赤字になります」
「延泊時は清掃を頼む場合は清掃代1500円を取ります。延泊しているお客様はホテル内で食事をするので、レストランは繁盛しますよ」
「1500円はどこから出てきたんですか?」
園田リゾートホテルズ博多の総支配人の女性は数字に厳しい。そして、若くして老舗ホテルの総支配人に上り詰めたできる女らしい。
「台風時は従業員の確保が難しいです。1500円なら清掃を頼まない部屋も出てきて緊急時の人員でも対応可能と判断しました。」
私の言葉に園田リゾートホテルズ東京総支配人、椎名亨が口を開く。
「私は大方、瑠璃さんの意見に賛成です。東京は部屋の稼働率が50%を休日でも切っているので対応できます」
「東京をはじめ園田リゾートホテルズの稼働率は50%を切っています。現状はこの対応をしてみませんか?」
今はリピーターを増やすことが重要だ。大分の別府に稼働率97%のホテルがあるが、殆どのお客様はリピーターらしい。
「では、防災時の対応は瑠璃さんの提案を当面採用して運用しましょう。瑠璃さんがリピータを増やす案についても提案してくれているので、そちらの議論に移りましょうか」
私に目配せして微笑んでくる園田リゾートホテルズ社長である私の義父。どことなく雰囲気が一樹さんに似ていて柔らかい方だ。
「私はこの忘れ物対応が気になりました。お客様の忘れ物はご連絡があった時は基本着払いで送っていましたが、ホテル側が配送費を持つのですか? 流石にやり過ぎでは?」
博多の総支配人が鋭い指摘をしてくる。
「確かに、ホテル業界では着払いが常識かもしれません。しかし、リピーターの多い某テーマパークでは空に飛んでいった風船さえ、忘れてしまったと連絡すれば家まで届けてくれます。そのような対応をされたら、また行きたいと思いませんか?」
配送費など、宿泊費に比べれば微々たるものだ。
「瑠璃さんはCAの時にホテルに沢山泊まったと思うのですが、忘れ物をした時はどうしていたのですか?」
園田リゾートホテルズ札幌の総支配人から、質問が飛ぶ。
「私はホテルに忘れ物をしたことがありません。私が忘れたのは可愛げだけです」
私のいった言葉に皆、爆笑する。ルリさんのように可愛くなろうと、キュート系メークを練習中。今日も可愛いピンクのチークを頬にのせているのに見た目を変えても、中身が可愛くないのだろう。
「瑠璃さんは可愛いお嫁さんですよ」
隣にいた義父がそっとフォローを入れてくれた。
「話が逸れましたが、同僚は忘れ物に気が付くと次にホテルに行く時まで取り置いて欲しいとホテルに連絡を入れてました。清掃係が忘れ物に気がついた際には一本お客様に連絡を入れると親切かもしれません。こちらからご自宅にお送りするか、引き取りに来るかを選んで頂くのはいかがですか? 引き取りに来るついでにホテルの設備を利用するかもしれません」
私が意見を言うと拍手が起こる。これも採用のようだ。私はその後、稼働率を上げる為に客室料金の変動性をとることを提案した。ホテルの格を維持する点では空室が多いからといって値段を下げてしまう事に反対意見も出た。しかし、現状、園田リゾートホテルズを知ってもらう意味で、沢山のお客様に来てもらう事が大事だという事になった。
「『記憶に残る記念日の演出』、これは経費が掛からなくていいわね」
博多の女総支配人の賛同を得た次の提案は記念日の演出を、もっとSNSなどにあげてもらえるよう派手にすることだ。メッセージカードを送ることは既にサービスとして大体のホテルがやっている。
「僕はこのタオルアニマルが良いと思う。クルーズ船とかでやっている奴だよね。資料を見る限り、素人でも簡単にできそうで可愛いし」
名古屋の総支配人の若い男性の言葉に周りが頷く。3つ程案を提出したが、結局タオルアニマルが採用された。
「『手の届くところに、既にあるサービス!』 これも経費もかからない上に、お客様目線に立ってて良いですね」
椎名亨が目を輝かせて、私の提案を褒めてくれる。
「ありがとうございます。6項目ありますので、1つ目から説明させてください」
私の言葉に皆が頷いてくれる。園田リゾートホテルズは老舗ということもあり、このホテルに勤めている事を誇りに思いホテルをより良くしていきたい経営陣が揃っている。
「まず、1つ目、客室に1人当たり2本置かれているお水ですが、今は冷蔵庫の上に置かれています。その内の1本をベッドサイドに置くというものです」
「私は賛成です。夜に喉が渇いた時に、ベッドサイドに水があると楽ですから」
博多の女総支配人が真っ先に賛成してくれる。
「その意味合いもありますが、ベッドサイドだと必ず水の存在に気がつけます。冷蔵庫の中にペッドボトルがなくて水を買いに行った後、鏡台の上にあってガッカリした事があります」
疲れている時は視野が非常に狭くなる。ホテルの客室に置いて部屋に入り必ず目に入るのがベッド。
「瑠璃さんでも、そんな失敗をする事があるんですね。私もこの提案に賛成です。細かいところですが、居心地の良さはそういったところから生まれると思います」
園田社長の言葉に一斉に拍手が起こり、私は次の4項目を説明した。
「皆様、新参者の私の提案にご賛同頂きありがとうございます。この『手の届くところに、既にあるサービス』で注意して頂きたいのは、園田リゾートホテルズ全ての支店で同時に始めるという事です」
「確かに、その方が話題になるかもしれませんね」
椎名亨が私の意見に頷く。
「はい、最近は自分の日常をSNSで発信する方が増えています。些細なことでも発信された時、園田リゾートホテルズが痒い所に手が届くサービスを始めたと話題になるかもしれません」
サービス開始時期がバラバラになってしまうと、ホテルとしての運用変更ではなく客室当番の独断と判断されかねない。
それから、今後経営会議はオンラインにするという提案も受け入れられた。
「これからは、節約するところは節約し、お客様には旧来以上のサービスを提供するという事ですね。瑠璃さん、沢山の提案をありがとうございます」
義父の一声で拍手が起こり、会議が終わる。廊下に出たところで、椎名亨に話しかけられた。
「瑠璃さん、素敵な提案を沢山ありがとうございます。正直、これだけ細かい方と暮らしている坊っちゃんが、少し心配になりましたが」
「えっ?」
椎名亨の悪気のない言葉。しかし、その言葉は私を動揺させた。