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第8話 二人で作る朝ごはん

 幽霊に部屋の窓から熱烈な視線を送られながら泣く泣く髪の入ったビニール袋を捨てた太一は、ため息混じりに部屋に戻る。


 扉を開けると、今日は一人ではない。幽霊が玄関先まで出てきて太一を出迎えた。


「お帰りなさい。ちゃんと捨ててくれて嬉しいですよ」


「心は追いついてないんですがね。……やっぱり拾いに行ってもいいですか?」


「ダメですよ。ゴミ収集車が来るまで、太一さんはどこにも行かせませんっ」


「それはつまり、俺と一緒にいたいと?」


「発想が飛躍しすぎですね! この部屋の中に留めておかないとあなたは収集車の中にまで行ってしまいそうで怖いんですよ!!」


 ははは、まさかまさかそんなわけがないだろう。たしかに幽霊さんの髪の毛を回収しに行きたいのは山々だ。だが、いくらなんでもそこまでして取り返しはしない。部屋の外で死んでしまったら幽霊さんとこの部屋で地縛霊になれるか分からないからな。


「……なんか、ゾッとすること考えてませんでした? 今」


「全くもって気のせいですね。ただ将来のことを考えていただけですから」


「え、いや普通に怖いです。このタイミングで将来とか言い出されると」


 一歩下り警戒の目を向けながら、幽霊は太一のこの先のことを考えて寒気で背筋を凍らせた。


「お願いですから、道端に落ちてる髪の毛を集めてカツラを作って売る人とかにならないでくださいね?」


「いや幽霊さん酷い!? せいぜい言われても髪の毛関係の真っ当な仕事だと思ってたのに!! というか俺は髪フェチでもなんでもありませんから!! 強いて言うなら幽霊さんフェチです!!!」


「ごめんなさい、ちょっと何言ってるか分かんないです」


 二人でくだらない話を続けながら、リビングへと戻って時計を見る。今日の授業は二限と三限。つまり十一時から始まるのでその二十分前には家を出なければならないのだが、まだ時刻は六時過ぎ。時間はたっぷりだ。


(ん、お腹空いてきたな……)


 いつもはギリギリに起きて朝ご飯を抜いて講義を受け、その後に昼ご飯でお腹を膨らませる太一。だが今日は起きた時間が早すぎたせいもあって、そのリズムでは厳しそうだった。


 だが太一自身、意外と料理はできる方である。一人暮らしを始めることを決めた春休み、食生活を崩してしまわないように母親から教えてもらいながら料理を勉強していたのだ。事実、昼ご飯は食堂で食べるものの夜ご飯はキチンと自炊している。


「幽霊さん。お腹空いちゃったんで朝ごはん作りますけど、何か食べたいものありますか? というか、幽霊さんってそもそも食事摂ります?」


「勿論です。まあ食は細い方なのでこれまでもたまに太一さんのお菓子やソーセージなんかを摘ませてもらうくらいでしたが、ちゃんと食べますよ」


「あ、たまに本数減ってたりしてたの、全部幽霊さんの仕業だったんですね……。まあ別にそれはいいですけど、これからはちゃんとしたもの食べましょうね。作りますから」


「では、お言葉に甘えます。朝はお味噌汁とご飯、あとは目玉焼きを食べたいです」


「凄くテンプレですね。分かりました」


 冷蔵庫を開け、卵や豆腐、ジャガイモなんかの必要具材があることを確認した太一は、そのまま台所で準備に取り掛かる。そんな光景を後ろから見つめ、幽霊はどこかソワソワした様子で太一の服の袖を摘んだ。


「あの、私にも何かお手伝いできることありますか?」


「幽霊さんは座っててくれて大丈夫ですよ?」


「そうはいきませんよ。私にも少しくらい、手伝わせてください」


 むぅ、と小さく頬を膨らませながらそう主張する幽霊に、太一は今日何回目か分からない心臓へのダイレクトアタックを喰らう。


 実際、料理スキルが一切不明の幽霊にもできる手伝いはいくつもある。その中から比較的難易度が低いかつ手伝っているという実感を得られる工程を考え、太一は提案した。


「じゃあお米を洗ってもらえますか? あと、出来たら炊いておいてくれると助かります」


「了解しました。お任せを」





 一瞬本当に任せて大丈夫かと不安になった太一だったが、その自信満々の声色と表情を見て。ほっと肩を撫で下ろし、ジャガイモの皮むきを始めた。

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