目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第43話

 壊れた馬車の近くで戦闘の準備を始め、サラサリズを呼ぼうとした時だった。

ヘルガが真剣な表情をしてジョルジュの方を見ると、今まで通って来た道を指で差して


「……ジョルジュ、あなたは仲間のところに行ってリバスト護衛騎士隊長の相手をして欲しいのだけど?」

「ヘルガ……俺もそうしたいけど、ここで俺が居なくなったら……男手が減ってしまうだろ?」

「なに?あなた、そういうのは私よりも強くなってから言って欲しいわね」

「……確かに俺は、戦闘においてはお前よりも弱いかもしれない、けど出来る事はある筈だ」

「だからこそでしょ?あなたの出来る事は、皆に宣言した通り犠牲者を出さないって誓った以上、護衛騎士隊長代理としての戦場はあっちよ」


 というやり取りが行われた後、ジョルジュが無言で頷くと元居た場所へと向かって走る。

私達はその姿を見送ると、何処か不安げな表情を浮かべているヘルガを見て口を開く。


「……ヘルガ、本当に良かったの?」

「えぇ、ここで共に戦ってジョルジュが死ぬ可能性に気を取られて判断が鈍るよりは、あっちに行かせた方が安心できるので」

「その分ヘルガ……、あなたには二人分の仕事をして貰うわよ?」

「勿論ですアデレード様、おまかせください、森の中でなら大剣を使う事が出来ませんが、ここでなら全力が戦えますから」


 先程とは違い自信ありげに笑う。

ヘルガの戦う姿を実際にこの目で見たのは数える程しかないけど、彼女の事は信頼している。

けど、戦力が一人減った事は大きいと思う、もしこの状態でサラサリズを呼び出したら犠牲を出さずに、皆が生き残る事が出来るだろうか。

そう思うと不安になってしまい、ここにいる全員の顔を無意識に見てしまう。


「……準備が出来たなら書類を破り捨てるけどいいかい?」

「えぇ、問題ありません……皆様、私とジョルジュの会話を見守って頂きありがとうございました」

「いや、構わないよ、全員生き残るとは言ったけど、それが絶対とは言えないからね」

「……はい」

「じゃあ……いくよ」


 私達の一歩前に出たシルヴァが、緊張した面持ちで額に大粒の汗を浮かべながらゆっくりと奴隷契約の書類を左右に引き裂いて行く。


「……これで、サラサリズが……、俺の妹を奴隷にした魔族がここに来るのか」

「なに、これ?」

「息が……苦しい……」


──その時だった、森が突如として静寂に包まれる。

──その瞬間、身体の芯から冷え切ってしまうような、身体を突き刺すような視線が身体を通過する。

──その空間が色を失うような重圧感が全身を包み込み、青空が灰色になり、生い茂る樹々は力なく枯れて行くように見える。


「……お母様」

「ここまで魔力を漏らして、余程自分のものが他人の奪われるのが我慢できないのね」

「……来ます!アデレード様、シルヴァ様!戦闘準備を!マリス様は私達でサラサリズを弱らせるので身を守る事を優先してください」

「私も戦えるわ!殺傷力が高い魔法は使えないけど、血を触媒にして呪術を使えば──」

「それで何とかなる相手だったら、ここまで苦戦していないんですよ!いいから身を守る事を優先してください!」


 ヘルガが真剣な表情で、地響きを上げながら近づいて来る何かを見据えるように睨みつける。

それに合わせて、お母様が扇を閉じて視線の先へと向けると電流を纏わせていく。


「マリス、ヘルガの言う事をここは聞きなさい、戦う力のないあなたが無理に戦って、サラサリズを使い魔にするのに必要な魔力が足りなくなったらどうするの?」

「……分かりました」

「大丈夫だよ、護衛騎士ヘルガと、アデレード辺境伯夫人の事は俺が守るから」

「うん、シルヴァ……お願いするわ」

「ふふ、君にお願いされたら……命を賭してでも頑張るしかないね」


 シルヴァの言葉に無言で頷くと邪魔にならない場所へと下がると、森の奥からピンク色の体毛を生やした大蜘蛛が樹々をなぎ倒しながら走って来る。


「……馬鹿ね、これでは狙い撃ちにしてくれって言ってるようなものじゃない、シルヴァ以外は、眼を閉じて両手で耳を塞いだら、口を半開きにしてその場にしゃがみなさい」

「はいっ!」

「……シルヴァ、あなたは私の魔法を斬って、身体が痺れて動けなくなったあの化け物に強烈な一撃でも与えてあげなさい」


 凄まじい速度で近づいて来る大蜘蛛の背中が小さく盛り上がると、【魅惑のサラサリズ】がゆっくりと起き上がり、怒りで我を忘れ血走った瞳で私達を睨みつける。

その姿は可愛らしい少女の面影を残しながらも、抑えきれない感情に支配されて余裕を無くした化物にしか見えない。


「……穿て雷槍、ライトニングスピアー」


 私達の目前にまで迫った大蜘蛛の上に乗ったサラサリズが言葉にならないような悲鳴を上げる。

それに呼応するかのように、大蜘蛛が脚を持ち上げ私達を踏みつぶそうとしたのと同時に、指示された通りに眼を閉じて、耳を塞ぎ口を開けてしゃがんだ私達の視界を強烈な白い光と凄まじい轟音が襲う。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?