轟音が収まり、耳を塞いでいた手をどけ、閉じていた眼を開ける。
すると、視界の先に移ったものは剣を手にしたシルヴァが、大蜘蛛の頭に向かって刃を突き立てる姿だった。
「……ほんと、でたらめな魔法」
彼の身体を金色の光が包んでいる。
あの光がお母様の魔法から身を守ったのかもしれない。
「あなたっ!あなたあなたっ!あなたっ!」
大蜘蛛の肢から力が抜け、巨体が横たわる。
そしてサラサリズが地面へと投げ出されて転がると、土まみれになった身体を起こしながら、声を荒げて以前のように頭を掻きむしり始め、周囲に魔力で編まれた純白の糸が私達へと向かって伸びて行く。
「シルヴァっ!気を付けて!この糸に捕まると──」
「大丈夫だよマリス、俺がいる限り君達の事は守るよ」
剣に青い魔力が灯るとサラサリズへと駆け寄りながら糸を避けると、不安定な体制のまま切る。
まるで紙を斬るかのように綺麗な太刀筋で断たれ、地面へと落ちて行く光景を見て、シルヴァがいるだけで、ここまで変わるなんて……。
「私も見ているだけでいるわけにはいきませんね」
「ヘルガ、あなたも気を付けてね?」
「問題ありません、あんなに簡単に切れるのなら私でも行けると思うので」
「まっ、まってヘルガ!……あ」
「聞こえて無いようね」
あれはシルヴァの魔法があるから出来る芸当で、月の魔法が使えないヘルガでは出来ない筈。
そう思って止めようとしたけれど、既に走り出した彼女に私の声が届かない。
「……っ!マリス様!アデレード様、お逃げください!」
「えっ?」
「マリス!?くそっ!」
すると何かに気づいたヘルガが振り向きざまに騎士剣を抜くと、不安定な姿勢で私達に向かって投げる。
咄嗟にしゃがんで避けようとすると同時に、お母様が私に覆い被さるようにして抱き締め押し倒すと、風切り音がなると共に金属同士が当たる甲高い音と苦しそうな声が聞こえて……
「お母様!」
「アデレード様!」
密着したお母様の額から、大量の汗が溢れて私の顔を濡らす。
それと共に生暖かい液体が衣服に染み込んで身体を伝って行き、荒い息が頬に当たる。
「……無事?マリス」
「こひゅ、これで、愛しい娘に褒めてもらえる、我らが愛しい娘の為に、全ては愛欲のサラサリズ様の為に」
「うる、さいわね……背中越しに声を掛けるんじゃないわよ!ヘルガ!あなたも今は私達ではなく、魔族に集中しなさい!」
「ですが!アデレード様……っ!分かりました!」
お母様の身体から青白い光が溢れ、肉が焼けるような匂いと共に何かが弾けるような音がした。
「……おかあ、さま?」
「大丈夫よ、これくらい王都に着いて治療院に行けば治るわ」
「でも、私を庇って……」
「親は子を守るものよ?まぁ……私の以前の行いのせいで説得力は無いかもしれないけど、それでもね?私はあなたの親なのよ、だからこれくらい当然……よ」
苦し気にそう言葉にしながらゆっくりと立ちあがる。
そしてシルヴァと交戦中のサラサリズの方を見ると、忌々し気に顔を歪め
「……私の魔法が全く効いてない何て本当に不快ね、それに作り替えられたあれは何?もはや人の形をした化け物じゃない」
「……お母様?」
「マリス、シルヴァ王子とヘルガかサラサリズの相手をしてくれているけど、あのままでは危険よ、だから……戦いに参加させずに最後まで守ってあげたかったけど、あなたも戦いに参加しなさい」
「……私の魔力の量だと戦うのはまだ……」
「大丈夫、あなたには私とマリウスの血統魔法があるわ、少ない魔力で効率的に高い威力を出せる雷の魔法を使えば身を守る位なら出来るもの、だから……使い方を教えてげる」
私の手を優しく握ると、お母様の魔力が私の中に流れ込んで来る。
そしてゆっくりと体の中で形を変えて行き、風と水が宙に現れたかと思うと二つが一つに合わさり青白い光を発し行き、その姿を一筋の雷へと変え
「大人しく言う通りにしていい子ね、じゃあ試しにそこで黒焦げになりながらもがいてる化け物に向かって打ってみなさい」
「……うん」
指先に魔力を集め、お母様の魔法で体の殆どが炭化しながらも、サラサリズへの思いや愛を呟き続ける人でなくなってしまった誰かに向けて解き放つ。
すると、機能しなくなり動かなくなった筈の手足を激しくばたつかせたかと思うと、全身の力が抜けたかのように脱力して動かなくなった。
「……これが今のあなたが使える、簡単な雷の、魔法、相手の身体を麻痺させるけど、身を守るには充分よ」
「……お母様?」
おぼつかない足取りで近くの樹を背にして座り込むと、お母様の身体から青白い光と共に雷が身体を包み込む。
「私は傷を焼いて、止血してから戦いに戻るわ、だからあなたは今教えた魔法でサラサリズのところに行って二人の援護をしてあげなさい」
「でも、またサラサリズに作り変えられた人が襲ってきたら……」
「私はあなたの母よ?あなたよりも強いし、自分の身はちゃんと守れるわ、だから……いい子だから行きなさい」
そう言葉にしながら力なくゆっくりと眼を閉じ、何も言わなくなったお母様を見て頷くと、二人の元へ向かって走り出す。
背後で人が倒れる音がして、思わず振り向きたくなったけど、お母様なら大丈夫だと信じて……。