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第9話

「──ということでシルヴィ、話はこれくらいにしてそろそろ寮に戻ろうか」

「えぇ、もうすっかり暗くなってしまったもの……書き置きを残して部屋を出たとはいえ、帰りが遅いとヘルガとアーロが心配してしまいそう」

「それなら尚の事早く帰らないとね」


 ロザリア学園長について話を聞いているうちに、気付いたら大分時間が経っていた。


「さて……俺の大事なシルヴィ、どうかこの哀れな私めに、あなたを部屋まで送り届ける許しを頂けませんか?」


 シルヴァがベンチから立ち上がり、片膝をついて座っている私の手を取ると、そっと口づけをする。

少しだけくすぐったくて、誰かに見られたらと思うと恥ずかしい気持ちになるけれど、彼の付き人が人払いをしてくれていて良かった。

だって……今の私は多分、耳まで真っ赤になっていると思うから。


「……もう、そんな事をしなくても、送ってくれるならお願いするわ?」

「ありがとうシルヴィ、じゃあ行こうか」


 彼の手を取ってベンチから立ち上がると、寮へと向かって歩き出す。

移動中にシルヴァから聞いた事を思い出して見るけれど、前学園長が会議中にいきなり崩れ落ちるように倒れ、その姿を純白の糸に変えた。

……これは間違いなく、サラサリズの影響を受けていたんだと思う。


(……どうしてサラサリズの影響を受けてる人が、王都に居ることを考えなかったのだろう)


 ……誰に言う訳でも無く、心の中でそう呟く。

きっと、私が【愛欲のサラサリズ】を使い魔にした影響で、彼女の魔法が解けて前学園長のように姿を純白の糸へと変えた人達がいる筈。

誰かに取って大事な人だったり、親を持つ子や、子を持つ親だったりするのかもしれない。

そう思うと、私が選んだあの時の選択は本当に正しかったのだろうかと、自分の行いに不安を覚える。


「夜風が気持ち良いけれど、シルヴィ……君は寒くないかい?」

「えぇ、問題無いわ」


 けど、自分で選んだ事だから後悔はしたくない……だから、例え数えきれない程の被害が出ていたとしても、私なりの責任を取ろう。

取り返しがつかないことだって分かってる……でも、出来る事は何かある筈。


「ねぇ、シルヴァ」

「……うん?どうしたんだい?」

「ロザリア学園長は今のところは、本当に無害なのよね?」

「俺とセレスティアの二人で調べた内容に間違えが無ければ……その筈だよ」


 学園にそもそも存在しない筈のロザリアが、何故学園長をしているのか分からないけれど、話を聞いて分かる範囲だと、どうやら今のところは無害らしい。

それに、彼女に身分に関しては王室が保証しているという話も聞いて……私があまり触れてはいけない話題なのだと察してしまう。

……以前の人生だったら、シルヴァと婚約関係にあったから多少であれど、話を聞く事が出来はしたけれど、今の私は違うから距離感を間違えるわけにはいかない。


「……ただ、俺としては気になる事が多すぎるというべきか」

「気になるってアリステア侯爵家の?」

「何故ロザリア学園長が、彼等を学園に入れるという判断をしたのか気になってね……」

「……入学式で問題が起きるって分かって入れたって事?」

「俺の考え過ぎなら良いんだけどね……」


 考え過ぎだって伝えてあげたいけど、あの騒動が起きた時にロザリア学園長が口にした。

【妬ましい】という言葉が脳裏を過ぎって言葉に詰まる。

あの時に感じた違和感と、背筋が凍るかのようなか嫌な予感……思い出すだけでも、呼吸が苦しくなりそう。


「……シルヴィ?大丈夫かい?」

「え、えぇ……ちょっとだけ、考え事をしていただけだから大丈夫よ」

「それならいいけど、隠し事だけは止めて欲しいかな」

「……うん、今はまだ想像の範囲を出ないから、確信を得る事が出来たら言うわね?」

「わかった」


 その後は特に話すような事は無く寮の中に入ったけれど、何やら様子がおかしい。

妙に静かというか、まるで無人の施設のような……そんな違和感を覚える。


「……シルヴィ」

「……うん」


 不安を感じて無意識に彼の手を握ると、廊下を歩いて行く。

すると扉が開いたままの、薄暗い部屋があって……


「不用心だな……いくら学園の寮とはいえ、鍵もかけずに開けたままだなんて」


 シルヴァがそう言葉にしながら、扉に手を掛けると何かを感じ取ったのか、眉間にしわを寄せて中を覗き込む。


「シルヴィ、薄暗くて中が良く見えないけど……血の匂いがする」

「……え?」


 彼の手元に光が集まると、室内が優しい光で照らされて行く。

すると……そこには割れたガラスと、壁一面を真っ赤に染め上げるおびただしい血の跡


「これは……シルヴィ、君は中を見ない方がいい」


 咄嗟に私の目を手で塞ごうとするけど……既に遅かった。

強引に破かれたであろう女性の衣服の切れ端、そして壁に背を預けるようにして意識を失っているヴァネッサの手には、血に濡れたガラス片が握られて……。


「……シルヴィ、君は急いで教師の元へ行ってこの事を伝えて欲しい、俺は寮の生徒達に部屋を出ないよう説得してくる」

「え、えぇ……」


 戸惑いながら頷くと、部屋を出て学園内にある教員達の居住区へと向かう為に、廊下を走り出した。

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