寮の窓から見える景色は、色褪せて見える世界とは違ってどこか幻想的で、陽が暮れて夜の帳が落ちた中庭は、魅惑的な外灯に照らされている。
「……あの二人、何してるの?」
「ツィオーネ、どうしたんだい?」
「お兄様、あれを見て?」
妹に窓を見るように指を指されたネーヴェが、自分達に宛がわれた部屋から中庭を見ると、仲睦まじそうにベンチに寄り添い合って座っている二人の姿が見えた。
いったいそれがどうししたのかと、一瞬疑問に思ったが何となく見覚えがあるような気がする。
「こんな時間に逢い引きをするなんて、結構大胆な二人だね」
「……そうじゃないの、あの特徴的な髪の色はシルヴァ王子に、紫色の髪は多分、マリス・シルヴィ・ピュルガトワールだと思う」
「あぁ……あの、ロザリア学園長に挨拶をさせられていた王子かい?それ
に、マリスというと、入学式でツィオーネの友達になってくれた……あの?」
友達と聞いて、ムッとした表情を浮かべたツィオーネが窓から離れ、近くのベッドに腰かける。
「……別にそんなのじゃないし、そもそもぼくは学園でお友達何て作る気はないの」
「そういう考え方は良くないよ、俺達は学園を卒業したらアリステア侯爵家を出る以上、今のうちに味方を増やしておかないと」
「でも……お兄様だけいればそれでいい」
「それは……」
……貴族なら、一族の血を濃くする為に稀に近親婚が行われる。
だから妹が兄に対して抱いている、純粋でありながらも歪んだ好意もおかしい事ではない。
「……あ、学園だとぼくじゃなくて、私って言わないとダメだったよね」
ツィオーネとしては、大事な妹には自分なんかよりも、もっと彼女を愛して必要としてくれる人の元に行って欲しいという気持ちがある。
けど、どんなに言葉を伝えたとしても、ネーヴェに兄の気持ちは届かないし、聞こえたとしても受け入れようとはしない。
むしろ、無理に距離を離そうとしたら、強すぎる依存心によって正気を失うだろう。
「……お兄様?」
「あぁ、いや……何でもないよ、ネーヴェが望むなら俺もずっと側にいる」
「えぇ、私もお兄様がいてくれるなら何もいらないし、ずっと側にいるわ」
静かにベッドから立ち上がったツィオーネが、ゆっくりとネーヴェに近づくと後ろから優しく抱き着く。
「でも、お兄様がどうしてもって言うなら頑張ってみる」
「……無理はしてないかい?」
「してないわ、だって……私達の幸せの為でしょ?お兄様と家を出るには必要な事だもの」
抱きしめる腕の力が抜けて動けるようになると、ネーヴェへと振り向いて無理をしていないのか確認しようとする。
するとそこには、先程とは違い何かを決心したような表情を浮かべている妹の姿があり、思わず無意識に彼女の頭に手を置くと……
「……ありがとう、ネーヴェ」
ゆっくりと優しく、頭を撫で始める。
眼を細めて気持ちよさそうに身を任せる彼女を見ると、再び窓から見える景色を眺めるが、外で逢い引きをしていた二人は既に用事を済ませたようで居なくなっていた。
「じゃあ、これから他の生徒達に挨拶をしに行こうか」
「……これから?」
「うん、もう夕食の時間だからさ……学園に通う生徒達は皆、食堂で食事を取るらしいからね」
「……分かったわお兄様、それなら直ぐに行きましょう?あ、でもその前に着替えないと」
ツィオーネから離れて、ベッドの前に立つとその場で服を脱ぎだす。
そして衣装ケースの中から白いワンピースを取り出すと、ネーヴェに手伝って貰いながら着替える。
「……ふふ、ありがとうお兄様」
「じゃあ行こうか」
室内を明るく照らす魔法の光を消すと、手を繋ぎ合いながら部屋を出て食堂へと向かう為の通路を歩き出すと──
「……あれがアリステア侯爵家の庶子か」
「確かに見た目は良いわね、飼おうかしら」
「あの子、かわいいな、囲ってしまうのも良いかもしれないぜ?」
「それなら俺達で可愛がってやろうぜ?」
すれ違う生徒達が、態と二人に聞こえるような声量で話し始める。
何故、平民の使用人との間に生まれたというだけで、文句を言われなければいけないのか。
どうして飼おうだなんて、家畜を扱うかのような目で見られなければいけないのか。
同じ人だというのに、貴族というだけで……どうして人を見下そうと思えるのだろう。
様々な疑問が頭の中でめぐるけれど、今の俺達では答えを出せそうにない。
「──い、そこのアリステア侯爵家の庶子!」
「……」
「無視すんなって!」
すると、二人に興味を持ったのか二人組の男性が声を掛けて来る。
下手に反応してしまったら面倒な事になるかもしれない、そう感じてツィオーネが無視をしようとするが、そんな事を気にしていないかのようにネーヴェの肩を掴むと、黙って事の成り行きを見守っていた他の生徒達が、逃げるように何処かへと歩き去っていく。
「なに?私達に用があるなら、名前を呼びなさいよ」
「……あぁ、用事ならもちろんあるぜ?ほら、おまえ達って庶子で貴族の教育を受けてないだろ?だから、俺達が面倒を見てあげようと思ってさ」
「変わりになんだけど、俺達と遊んでくれよ……悪いようにはしないからさ」
「ちょ……痛いっ!」
「痛いじゃねぇよ、早く来いって!」
ツィオーネをネーヴェから強引に引き離し、肩を押して尻もちをつかせると立ち上がれないように肩に足を乗せて、苦しそうな声を漏らす姿を見下す様に眺める。
「あぁけど、あんただけ俺達の部屋に来て欲しいんだわ」
「お兄さんは、色々と終わったらこの子を返してやるから、部屋な大人しく待ってな!」
「お兄ちゃん……!大丈夫!?ねぇ、お兄ちゃん!お兄──」
「あぁもう騒ぐなって、これだと俺達が悪い事してるみてぇじゃねぇか……よっ!」
羽交い絞めにされた状態で何処かへと連れ去られて行くツィオーネが最後に見た姿は、必死に立ち上がろうとするネーヴェの鳩尾を勢いよく蹴られて、苦しそうにうずくまる姿だった。
抵抗する事も出来ずに薄暗い部屋へと連れ込まれた少女は、暫くして手にガラスの破片を強く握りしめ血を滴り落としながら自分達への部屋に向かって歩く。
不思議な事に誰ともすれ違う事無く、純白のワンピースを返り血で真っ赤に染め上げた彼女は一人。
「……弱いから奪われるのよ」
と小さく、そして恐ろしく冷え切った声で呟くのだった。