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第28話

 教室内に入って来た教師から、これから始まる学園内の講義に関する説明が始まるけれど、これに関しては以前の人生でも聞いたから、適当に聞き流して行く。


「……まぁ、領地経営は貴族として当然の責務よねぇ」


 ヴァネッサの言うようにファータイル国の貴族として生まれた以上、自領の経営は爵位を継ぐのなら当然の事だ。

学園内の生徒達の中には、爵位の継承が望めない人達もいるだろうけれど、彼等には彼等の役割があるから、ここで学んだ事は無駄にはならない。


「──という事で、諸君らも分かっている通り、ファータイル国は主に畜産と農業で成り立っており、爵位を継ぎ領主となった君達は領民を守る為の剣であり、盾であらねばならない」


 学園内で学ぶことが出来る、領地経営の心得から、自領の民を守るための技術の数々。

とはいえ……ファータイル国において、学ぶことが出来る兵法などは全て辛うじて領地を守れるようになる程度のようなもので、そこまで秀でたものではない。

特に……


「さて、領地を守る為、ファータイル国を守る為に、我々が一番に必要とするべきは対話だっ!勿論、時にはやむを得ない理由で武器を持ち戦わねばならない時もある、だが……我々には言葉がある、その意味が分かるか?」

「はいっ!例え相手が敵であろうと、同じ人でありますので、話せば通じるという事ですよね!」

「その通り、例え他国に攻められようと、領地を脅かす賊に襲われようと、尊き血を持つ我らは言葉を持って、無血で争いを納めなければならない義務がある」

「……あの、それなら手に持った武器はどうすれば良いのでしょうか」

「そんなの考えなくても分かる事、手に持った武器は己が身を守る為の剣であり盾、決して自ら力を振るってはならない、何故なら話し合えば分かるのだから」


 話し合えば分かる、侵略されている側がどういう考えで平和的な解決が出来ると思っているのだろうか。

そもそも、攻められている以上で誰かの大切な人が死に、数える事すら難しい程におびただしい数の被害者が出ているというのに……


「では、次にこの国の第三王子である、シルヴァ・グラム・ファータイル王子……及び、第三王女であらせられる、セレスティア・リゼット・ファータイル王女のご意見をお伺いしたい、この国を背負う者として誇らしいファータイル国の防衛をどう思われますかな?」

「……すまないが、それはこの時間に必要な事なのかな?」

「えぇ……えぇ、必要ですともここにお集まりの生徒達も、教師である私も王位継承権は低い立場であれど、これから国を背負うかもしれない二人の意見を聞きたいと、私は思っております」


 ……以前は、ここでシルヴァが私と同じ考えを口にした結果、学園内で孤立する事になってしまったけれど、今回は大丈夫だろうか。

心配になって、思わず彼の事を見てしまうけれど、目が合った瞬間に笑顔を浮かべて手を振って来るのを見ると……同じような事をしそうで、不安になる。


「……申し訳ないですけれど、わたくしは話し合いでは決して解決する事は不可能だと思いますわ」

「ほう、セレスティア王女……それはどういう事ですかな?」

「それは……大変言葉にしづらいのですけれど、わたくしは少し前に奴隷商人に捕まり攫われてしまいましたわ」


 セレスティアが口にした衝撃的な言葉に、教室内でどよめきが起きる。


「……どういうこと?」

「セレスティア様が誘拐?そんなの聞いた事ないぞ?」

「けど、それが確かなら──」

「話し合いだけじゃ……解決しない?」

「けどさっき、先生は話し合いで血を流さずに解決する義務があるって……」


 最初は小さかった声が、徐々に大きくなって行き、教室内で大きな波へと変わっていく。

王族に意見を求めたら、こんな大事になるとは思っていなかったであろう教師が、顔に焦りの色をにじませて周囲を見渡す。


「静かに!静かにっ!私は、セレスティア王女が誘拐されたという話を聞いた事がありません!」

「では……わたくしが嘘を吐いているとでもいいたいのかしら?」

「え、い……いや、ですが、いたずらに周囲をざわつかせるのはお止め頂けると……えっと、ですな……その」

「なんですの?全然何を言っているのか聞こえませんわよ?ほら、意見があるのでしたらもっとしっかりと言ってくださいまし!あなた様はわたくし達の教師なのでしょう?」


 言葉にならないような声を上げながら、狼狽え始める教師を見て少しだけ同情してしまう。

私の記憶の中にある彼は、自分の意に沿わない生徒を許す事は無かった……けど、今回は相手が王族で、尚且つこの国の王女。

仮に彼女を頭ごなしに否定してしまったら最期、学園内で今まで積み上げて来た彼の全てが一瞬にして消えてなくなってしまう。


「……セレス、あんまり彼をいじめないであげてくれないか?」

「ですが、お兄様……」

「すまない、妹が少しばかり感情的になってしまったようだ、後で俺から言い聞かせておくから、許して貰えないかな」

「え、えぇ……シルヴァ王子がそう仰るのでしたら、えっと、ほ、本日の私の講義はここまでとする!後は他の教師が来るまで大人しく自習をしているように!」


 教師の姿を見かねたシルヴァが助け舟を出すと、顔を真っ赤にしながら彼に向かって頭を下げると、早足に教室から出て行く。

その姿を見ながら……最初の人生を思い出して、伝える人が変わるだけで未来がここまで変わるのかと、一人で関心してしまうのだった。

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