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<57・カーニバルのあとに>

 今回の事件は、想像以上に凄惨なものだった。

 というのも、ミノル達が実際に目にした被害など、本当に全体のごく僅かでしかなかったのである。巻き込まれた生徒は総勢四十一人に及び、教職員も六人が巻き込まれていた。そのうち、死んだ生徒は六人、教職員一人。重軽傷者は合わせて十二人にまで及んだ。腹立たしいことに、ゲームの直接的な参加者ではなかった映と乱汰以外のメンバーは、ゲームが終了しても怪我が回復することはなかったのである。

 中には脊椎損傷して下半身不随になった者、手足を欠損した者もいた。

 あるいは怪我そのものはほとんど大したことがなくても、PTSDでふさぎこんでしまった者もいると聞いている。恐らくそのうちの一部は、近日中に自ら退学か休学を申し出てくるだろうと言われていた。


「……あのさ、静」


 乱汰と映のゲームから、一週間後。

 ようやく事後処理がいろいろ終わって落ち着いていたタイミングで、ミノルは部屋で静に話しかけたのだった。


「俺、やっぱ……わかってなかった、と思う。魔女の夜会サバトって、想像以上にやばいもの、だったんだな」

「……陛下」

「なんでも命令できる。相手の尊厳も、意思も、何もかも無視できるゲーム。……俺達だって、同じようになっていたかもしれない。そして、同じ力が俺達も使えてしまう、んだよ、な……」


 うちのクラスからも、三人が死亡した。

 そのうちの一人、八尾康介はミノルも知った顔である。八尾双子兄弟の弟の方であり――兄の陽介と、それからあの五條泰輔と参道駆の前で、乱汰に殺されていたというのだ。

 あれから彼らは目に見えて落ち込んでいる。陽介に至っては授業を休むこともしばしばあった。正直、いつもうるさくて面倒くさい泰輔があそこまで露骨に沈んでいるのを見るのは、ミノルとしても非常に心が痛む。今回、彼らにはまったく非がないから尚更に。

 陽介と駆の命をギリギリ救ったのは、泰輔だったという。

 滅茶苦茶な奴だしムカつくこともされたが、彼は乱汰と違って人間の心がないような奴ではなかったということである。

 他にも暗くなってしまった生徒や、なかなか傷が癒えない生徒は少なくない。そして、担任の兆野あやめ先生も。


『心配してくれてありがとう、ミノルくん。わたしは大丈夫よ!』


 彼女はニコニコと笑いながら、ミノルにそう言った――片方だけになってしまった目で。

 彼女もまたミノルたちが知らないところで、あのゲームの世界に巻き込まれた一人だったのだ。彼女の右目は、戦いの中でクリーチャーに襲われて傷つけられてしまったという。眼球をもろに切られたせいで魔法でも医療でもどうにもならず、最終的には目玉ごと摘出しなければいけなくなったのだそうだ。

 いずれ義眼を入れるから心配しないでと言っていたが、そう言う問題ではない。見た目は元に戻っても視力は戻らないし、目蓋や頬にも傷が残っている。ましてや、彼女は女性だ。辛くなかったはずがないというのに。


「陛下が、今回のことで悩む必要はありません。そもそも、陛下のせいではありません」


 静はミノルにはっきりとそう言った。


「学園側も、さすがに継承者と無関係なところで、これだけ大規模かつ大きな被害が出るゲームが開催されるとは思っていなかったのでしょう。とはいえ、四木乱汰を学園に入れると決めてしまったのは学校側です。運営には、一定の責任があります。そして、貴方が挑まれたゲームでさえない以上、むしろあなたが責任を感じるのは傲慢というものです」

「わかってる。わかってるけど、でもさ……」

「映に、同じように悩み苦しんでほしいなんてあなたは思ってないし、映のせいだとも思っていないでしょう?ならば、あなたがそうやって悩み続けるのは、彼をかえって苦しませるだけですよ」

「……うん」


 なんとも容赦がない。そして合理的だ。

 実際、今回のゲームはどう転んでもミノルに止められるものではなかった。それは間違いないことではある。

 でも。


「それだけじゃ、ねえんだ。……なんか、理解できちまったんだよ、俺。なんで魔族が、人間に恐れられるのか。……俺はずっと、令和日本の世界で人間として……魔法なんか使えない普通の男子高校生として生きて来たから、わかるんだ」


 ミノルはぎゅっと、椅子に座ったまま拳を握る。


「こんな力を持ってるやつ、やっぱり怖いよ。……怖いって、思っちまうんだ。四木みたいな腐った奴もいるし、同時に……俺自身にも、あそこまでの力があるなんて思ってもみなかったから」

「……そうでしょうね」

「ああ。だから、俺……魔族と人間がどうすれば分かり合えるのか、まったく想像がつかないよ。この学園のやつら、四木みたいなやべーのもいたけど……でも、ほとんどの奴らは楽しくていいやつらばかりだって思う。そいつらに傷ついて欲しくないし、死んでほしくない。戦争なんて起きないのがいいに決まっている。でも、どうすればそうなるのか……全然、想像つかないんだ」


 果たして、本当に自分は誰かを継承者に選んでいいのだろうか。それは、新しい争いの火種を生むだけ、ということに本当にならないのか。

 確かに、ミノルは元の世界に帰りたいし、継承者を選ばない限り帰ることは許されない。わかっていても、それだけの感情で選んでいいのか、と思ってしまうのである。

 誰を選んでもきっと、その先に待つのは修羅の未来。

 さらに自分はその未来に――存在しない人間。あまりにも、無責任がすぎるのではないか、と。


「……魔王の継承者を選べば、陛下は元の世界に戻ります。その先起きるであろう人間と魔族の争いに、直接参加することはありません」


 静が、穏やかな声で言った。


「それでも、あなたは……魔族の未来と人間の未来を、真剣に考えてくださるのですね。ここは、あなたの世界ではないのに」

「そりゃ、そうだよ。だって俺……みんなのこと、好きだし」

「正義感が強く、優しい。あなたは紛れもなく、魔王に相応しい人間です。……だからこそ、私は……」


 静が俯いて、何かを呟いたように見えた。しかし、薄暗い部屋の中では、彼の表情をうかがい知ることはできない。同時に、その声を聞き取ることはできなかった。

 何を言ったんだ、と尋ねようとした時――そっとその体が覆いかぶさってくる。ゆっくりと、細い手が背中に回されるのを感じてドキリとした。

 同時に、少しだけ泣きたくなった。生きていることを、今は強く実感してしまうから。


「辛いことは、なんでも吐き出してください。弱音でも、恨みでも、なんでもいい。そのために、私がいます」

「静……」

「あなたのために、私がいるんです。どうかそれを……忘れないでください」

「……うん」


 その言葉を、そのまま肯定していいのかはわからなかった。それでもミノルは頷いて、静を抱きしめ返したのである。

 いつか、彼もまた同じようにしてほしい。本心をさらけ出して、本当の自分を見せてほしいと願う。そのために。


――俺はもっと、強くなる。


 自分自身のために、みんなのために。

 そして寄り添ってくれる、優しいこの人のために。




 ***




 どれほど悩み、苦しんだとて、時間はどんどん先へ先へと進んでいくのだ。

 体の傷、心の傷、未来への不安、明日への希望。色々なものを抱えながら、自分達は進んでいくしかないのである。生きている以上、いつまでも同じ場所で足踏みをしているわけにはいかないのだから。

 それは、学校の行事においても同じことであるわけで。


「さあてミノルくん、林間学校ですよ?もうすぐ大変ですよ?」


 静と話し合いをした、さらに一週間ほど後のことだ。

 教室にくるやいなや、ぐい、と大空が顔を近づけてきたのだった。


「覚悟はいいのかな?できてるのかなあ?」

「お、おい……なんだよ大空、覚悟って」


 この学校の、数少ない外に出られるイベント、林間学校が近いのはわかっている。本来六月の予定だったのが、今回の事件のこともあって七月頭まで伸びそうだとは聞いていた。そのせいで、いろいろ知識を仕入れるのが遅れてはいたのだが。


「林間学校だろ?みんなで山登りして、民宿にでも泊まるってだけの話じゃないのか?楽しみではあるけど」


 何で大空がこんな真剣な顔をしているのかわからない。しかも、その時静はまた先生に呼ばれているようで教室に来ていなかった。明らかに、静が来る前を狙って話しかけられている。


「まったくわかってないよ、ミノルくんは!」


 ぐわ!と目を見開く大空。


「ひとーつ!林間学校は、班行動することが多い!特に山登りは、他のクラスの班とも一緒に行動することが多い!ふたーつ!ミノルくんはこの間の四木乱汰事件でいろいろ噂が広まって、さらに人気が爆発している!ぶっちゃけ、魔王うんぬんを抜きにしてもモテている!もう少し危機感持てやゴラァ!」

「まてまてまてまて、まったくもって意味がわからんぞ!?」


 班行動することが多いのは知っていたが、なんでそれがモテているということと関係があるのかがわからない。

 というか、なんで自分がモテるのだろう?あの事件の立役者は映ではないのだろうか?最終的彼がみんなの前で、乱汰にトドメを刺したのだから。


「なに?まさか、もう二週間も過ぎたのに気づいてなかったの?」


 大空が心底呆れたように言ったのだった。


「噂になってるよ?最終的に映くんが四木のやろーに勝てたのは、魔王の力をある程度使えるようになったミノルくんがサポートしたからだって!実際、黒い猿まみれの洞窟で映くん助けたのミノルくんじゃん?」

「ま、そりゃあ、まあそうだけど。ていうか、なんでその話……」

「映くんがテンション上がりまくって、みんなに喋りまくってるからだけど?」


 思わずずっこけた。いや、映がそんなお喋りなタイプだとは思っていなかった。一体なんで、そんな。


「よっぽど嬉しかったんだねえ、映くんは。つか、あれは完全に落ちたね」


 にやり、と大空は笑う。


「大変なことだよお?学園のアイドルを、まさにミノルくんは射止めちゃったわけだ。映くん、本当にモテるんだから。あの顔だもんねえ、そりゃそうだよね、可愛いもんねえ」

「えええええ、そんなバカな」

「いーや、間違いないね!これは修羅場の予感だよ!映くんはよそのクラスだけど、間違いなくミノルくんと一緒に行動できる班になろうとするね!でもって、場合によっては押し倒してチューくらいはしてくるかも、告白ぶっとばして!」

「な、ななな、な」

「でもって、みんなを間接的に救ったミノルくん自身、みんなから注目されまくって多分モテてるというか、興味持たれてると思うのでまあ他からも告白イベントありそうだし」

「んな、あほな」

「さらに、社くんは明らかに映くんに一目惚れをしたっぽいので、そっちもそっちで修羅場勃発な予感が……」

「うっそだろおおおおお!?」


 なんだその、昼メロドラマみたいな構図は!ミノルは頭を抱える。しかもだ。


「ま、それ以前に静くんなんだけどね。……映くん、僕とのゲームで約束したこと忘れてないよね?」

「う」


 ああ、そっちの問題もあるんだった。ミノルは白目をむきそうになる。

 どうやらこの林間学校、相当な嵐が待ち受けていそうな予感がしてならない。



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