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<58・過激なファンほど怖いものなし>

 令和日本にいた頃のミノルなら思っていたはずだ。そりゃあ、男子校でついつい同性同士でどうたらこうたらということもたまにはあるらしいが、基本的にはそういうものは無縁なのだろうと。やっぱり大半の男は可愛い女の子にしか興味はなかろう、と。

 だがしかし、世の中には男の娘、なんてジャンルも存在するわけである。

 ましてや那由多映のようにニコニコ笑って立っていればどこからどう見ても美少女!みたいな男子も存在するわけである。なんなら大空のようにかわいい系ショタ男子も存在するわけである。まあ、性癖が歪んだり狂ったりする人間がいるのも、わからないわけではないわけで。


「み・の・る・くん!」

「うおっ!?」


 大空が言うことがどれくらい正しいのかはわからない。しかし実際、休み時間でトイレから戻ってきたところで、ミノルは後ろから声をかけられたのだった。

 見れば映がニコニコ笑いながら立っている。男なのに、と思いつつ、正直めちゃくちゃ可愛い。ものすごく可愛い。死ぬほど可愛い。


「林間学校の班分け、あなたのクラスはもう決まったのかしら?」

「え、あ、いや……うちは、まだ」

「そうなの?決まったら教えてね。うちはもう班分け終わってるのよ」


 ぐい、と近づいてきて、上目遣いを決められる。はっきり言おう、その角度は反則以外の何物でもない、と。


「一緒に山登りしたいなあって。私、陸上部だから体力あるし、他の子たちもそうだからきっと邪魔にはならないはずよ。一緒に楽しみましょうよ、ね?」


 完全にオーラが大人のお姉様である。そのせいで、楽しみましょう、が変な意味に聞こえてしまう。無論、山登りを楽しむという意味だけなのだろう、とはわかっているが――。


「な、なんで、その、俺?俺、別に、映みたいに美人系とかイケメンとかでもなんでもないわけで……」

「あらやだ、変な意味で考えちゃった?期待しちゃった?」

「そ、そそそそそ、そういうわけじゃ!」

「かーわいい!ふふふ、なんなら、そういう風に受け取ってくれてもいいのよ?」


 なお、ここは学校の廊下である。他のクラスの生徒や下級生たちなど、通行人が普通に見ている場所での会話である。さっきから、周りからの視線が結構痛いのが本音であるわけで。


「……あなたが陸上部に来た時から可愛いとは思ってたけど……この間、助けて貰った件でだいぶキちゃったの、私」


 挙句、耳元でこう囁かれるのだ。


「継承者の座、本気で狙わせて貰うわ。覚悟しておいてね?……大丈夫よ、ちゃんとリードしてあげるから」


――それは一体どういう意味でございましょおかあああああ!?


 へなへなへなへな、とその場に座り込んでしまうミノルである。そんなミノルを散々ユデダコにした張本人はくすくす笑いながら歩き去っていったのだった。

 圧倒的猛者感が、やばい。これは、思いがけないところに火種を撒いてしまった感がある。しかも。


「ちょっといいですか、魔王陛下殿?」

「うい!?」


 次の瞬間、ミノルは複数の生徒たちに囲まれたのだった。一年生、二年生、三年生とごっちゃ混ぜになった集団である。全員そこそこ可愛い顔はしているが――はっきり言って完全に目が据わっていて、怖い。めっちゃ怖い。


「陛下、映様とどういうご関係で?今、付き合ってらっしゃるわけではございませんよね?」

「は、は、はい!?」

「わたくしどもは、『映様を不埒な輩からお守りする会』のメンバーでございますゆえ。映様に近づく不逞の輩は、例え先代魔王様であっても徹底的に排除するつもりですから!」

「あ、あの……」

「先の四木乱汰とかいう下郎のゲームで、映様を守ってくださったことに関しては心より感謝しております。ですが、それはそれ、これはこれ。わたくしどもは、本当の人格者であり紳士であり聖人君主であるお方以外と、映様のお付き合いを認めるつもりはございませんので!」

「もしもあなたが映様の純情なお心をを弄ぶような真似をしたら、わかっていますね?」

「徹底的に叩き潰します。ええ、なんなら下半身を消し炭にさしあげてもよろしくってよ?」

「我々の許可なくして、映様と関係を持つなんてことはできないとお思いください」

「それで?現状あなた様は映様をどうお思いで?」

「まさか、本当は既に手を出してらっしゃるとか、そういうことはございませんよね?ね?ね?」

「まままままま、待って、待って、全力で待ってえええええ!?」


 そうでした。

 この学校、ヘンテコだったりやばい部活がいっぱいあるんでした。ミノルは半泣きになって悲鳴を上げたのだった。いや、静をストーカーするような会があるくらいだし、映の親衛隊くらいいてもおかしくないとは思っていたが。


――俺、なんもしてない!まだなんもしてないからあああああ!


 というか、ここで映に何かしようものなら、静が確実に怖いので絶対できないのだけれど!

 ああ本当に、なんでこんなことになってしまったのやらだ。自分なんて静や映のような美少年ではないし、大空のようにショタ属性もないし、顔だって普通なサッカー少年でしかないというのに。いや、そのサッカーも結局部に入っていないので、ほとんどやっていないようなものだけれども!


「助けてえぇぇぇ!」


 そのあと、ミノルは授業開始直前まで尋問される羽目になったのだった。




 ***




 その日。

 授業のひとコマを使って、林間学校の説明、及び班分けが行われることとなった。山登りといい部屋割りといい、班行動をすることが多いというのは既に聞いている。


「さて、少し延びていた林間学校ですが、なんとか無事開催されることになりました。はい拍手!」


 結局、あやめ先生は右目に眼帯をつけたままである。義眼を入れるいう話がそのあとどうなったのか、についてはミノルも訊くことができていない。この世界の義眼が実際どういうものなのかもわかっていないし、何よりやっぱり自分がなんとかすればよかったのではという負い目があるのも事実だからだ。

 それでも彼女は表向きは笑顔で明るく、林間学校の説明をしていく。


「毎年、うちの学校の林間学校はタカナイ山へと登ることになっています。二泊三日の日程ですね。宿は麓のみずほ荘です。ここも毎年恒例ね」


 先生によると。みずほ荘を経営する旦那さんは人間、奥さんは魔族、子供はハーフたちなのだという。そんなこともあってか、魔族も人間も分け隔てなく受け入れてくれるお宿ということで有名なのだそうだ。

 ちなみに林間学校という名目だが、修学旅行の意味合いも少しかねているらしい。二日目には、近所にある博物館を見学するというのもスケジュールに入っているのだと説明してもらった。


「登山といっても、タカナイ山は知っての通りとても小さな山で、観光客も多く訪れる場所です。軽装でハイキングできるようなところですね。とはいえ、しっかりとした服装、装備があるに越したことはありません。登山靴は必要ないけど、歩きやすいスニーカーくらいは準備しておいてね!」

「先生、山頂で買い食いはー?」

「買いすぎないならいいわ。あと、去年食べ過ぎでお腹壊してトイレから出られなくなった馬鹿……生徒がいたので、みんなはそういうことしないように。そこそこ暑い時期だからって、かき氷十杯食べるのはもう完全にアホだからね?そのつもりでね?」

「ういー」


 いや去年そんなアホいたんか!ていうか馬鹿ってストレートに言ったな先生!とミノルはつっこみたくなる。

 確かに自分達は元気いっぱいの男子高校生だが、それでもかき氷なんてそんなたくさん食べられるものではないと思うのだが。――暴飲暴食チャレンジでもしていたのだろうか、そいつは。


「それと班分けだけど」


 先生は、ぐるりと周囲を見回して言った。


「みんな、一緒の班になりたい子とかいろいろいるとは思うんだけど。今回は先生の方で全部決めさせてもらいました」

「えええええ!?」

「うっそ」

「ひでえええ!マジでひでえええええ!!」

「強権はんたーい!」

「生徒に自由はないんすかああああ!?」


 瞬間、あっちこっちからブーイングが上がる。実はといえば――正直安堵していた。さっきの映のファンクラブ(カッコカリ)の暴走っぷりを見てしまっていたというのもある。本当にミノルが狙われているのならそこで修羅場になりかねない気がするし、自分が見たところ静も隠れファンが多い人間だと思われるので(それを言ったら大空もそうだろうが)絶対トラブルになると思っていたからだ。

 まあ、先生が真っ当な考えならば、まず静とは同じ班になるだろう。彼はミノルの護衛もかねている。ある程度ミノルも魔法が使えるようになったとはいえ、まだまだ限られた魔法だけだし完全なコントロールもできていない。静が傍にいた方が安全なのは間違いないはずだ。

 それに。


――班分けとか席替えとか、あの空気好きじゃないんだよなあ、昔から。


 ミノル自身は比較的、そういうことが得意だからいいのだ。昔から友達を作るのが苦手なタイプではなかった。だから、先生に「仲の良い人同士で組んでね」と言われても、あぶれてしまうようなことはなかったのである。

 が、全員が全員そうではない、ことはよく知っている。どんなクラスにも大抵、ぼっちになってしまう人間というものはいるものだ。そういう者が一人いると、みんな対処に困ってしまうし、空気も悪くなりがちである。本人はけして悪くないというのに。

 だからこそ、こういうのはなるべくランダムなくじ引きにするか、いっそ先生が選んでくれる方が気楽というものだ。その上で、できれば気心が知れた相手と一緒になりたいとも思う。まだまだミノルはクラス全員と仲良くなれたとは言い難い。静や大空といった気兼ねなく話せるメンバーがいてくれれば、慣れない土地での林間学校であってもある程度肩の力を抜いて過ごせるだろう。


「なんとか、一緒の班になれたようで何より」


 先生が班分けを記した紙を配る。それを見て、隣の席の静がぽつりと呟いた。


「これで、陛下が他の可愛い子にちょっかい出されるのも出すのも防げそうですし」

「お、おい、静、それどういう意味……?」

「さあ?」


――まて、静……お前もか?


 これは、映に迫られたこともバレているような嫌な予感がする。ミノルは冷や汗を掻くしかないのだった。


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