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<59・傷痕と影>

 班のメンバーはミノルと静、大空、それから関西弁っぽい喋り方が有名な、十条美琴じゅうじょうみことという少年になった。ちなみに、大空と美琴はかなり仲良しであり、それゆえに同じ班に配属されたと思われる。


「いやあ、メンバー凄すぎますわ!あんま話したことなかったけど、あんさんがミノルはんやね?よろしゅう頼んますう。うち、十条美琴申します。あ、女の子みたいな名前やけど、れっきとした男やでえ!」


 その日の放課後、早速美琴はミノルに話しかけてきたのだった。栗毛のくりくりパーマみたいなくせっ毛な頭に、少女漫画みたいな大きな瞳が特徴的な可愛い系男子だ。「ども!」と敬礼するようなポーズで挨拶をしてくる。


「正直、うちだけ場違い感半端ないわあ。ほんまにええんか?うちでええんか?ってかんじ。まあ、大空はんいてはるし、なんとかなるやろ。ちなみに、うちがボケたらちゃんとツッコミ入れてくれなあかんで?大空はんはともかく、静はんは全然その役目担ってくれなくて寂しーん!」

「だってあなたのボケ面白くなんですもん。あとわかりにくいんですよ。漫才やりたいならもうちょっと鍛えてください」

「やーん、厳しぃ!つらーい!」


――な、なるほど、こういうキャラか。


 静に冷たくあしらわれても全く気にした様子がない。でもって静も別に嫌いでそういうことを言っているわけではないというか、言葉のわりに表情はまんざらでもなさそうだ。テンションがやや高すぎるが、きっと一緒にいたら楽しいタイプだろう。

 ちなみに。


「うち、サッカー部所属やねん」


 しれっと美琴は、勧誘を挟んできた。


「ミノルはん、まだ部活入ってへんのやろ?助っ人って形でもええ、うちに来てくれへんかなーってずっと待っとるねん!」

「もう七月だぞ!?今更俺が入っても迷惑になるだけだろ」

「うちのチームそこまで強ないし、助っ人はなんぼおってもええねん!な、前向きに検討してくれると嬉しーわ!」

「お、おう」


 なかなかぐいぐい来るタイプだ。まあ、そういう風に期待されるのは悪い気はしない。多分、ミノルと泰輔の初手の勝負がサッカーだったことは知れ渡っているだろうから、それもあって勧誘されているのだろう。

 あの後いろいろバタバタあって、結局部活動に入らないままここまで来てしまっているというのもある。ミノル自身、やってみたいことがないわけではないものの、結局踏ん切りがつかなくてほったらかしになっている件だった。サッカーの楽しさを思い出してしまったのがまたややこしい。――もう一度始めるかどうか、真剣に考えるべき頃合いだろうか。


――どうせやるなら……マジで、チームを勝たせてやりたいしな……。


 林間学校の正式なしおりは後日配られることになるが、おおよそのスケジュールは既に決まっていて告知されている。三日目はほぼ帰るだけなので、登山があるのは一日目と二日目だ。どちらもタカナイ山に登るが、一日目と二日目では登山コースも最終到着地点も異なるというわけらしい。

 ちなみに、山頂で買い食いなんて話が出ていたが、それは山頂の広場にいくつも屋台が出ているエリアがあるためだという。なんでもかき氷やクレープやたこ焼きやら、ちょととした屋台かと思うくらいのは店があるらしい。


「タカナイ山って名前は、百年ほどまえに変わった名前だそうですね。陛下がいた世界にはなかった名前かもしれません」


 ミノルがなんとなく記憶をたどっていることに気付いたのだろう、静が口を挟んでくる。


「初心者向けの山として有名なので、高齢者や小さな子供でも登れます。ハイキングコースはコンクリートで舗装されているところも多く、時々桟橋とか階段とか、土の地面の道があるってかんじです。隣の山は中級者レベルの登山コースが多いんですけどね」

「本格登山って、本当に訓練と装備が必要だっていうもんなあ。まあ、夏山は冬と比べれば格段に難易度落ちるらしいけど」

「ええ。でも夏山でも過去に遭難事例はありますから。スマホの電波も、コースを外れてしまうと届かなくなってしまう場所があるようです。あと、充電が切れたら本も子もないので、充電器は忘れないように」

「そりゃそうだ」


 流れで美琴とも連絡先交換をしておく。電波が届く間は、スマートフォンこそが生命線なのは間違いない。それこそ、はぐれてしまった時に連絡を取り合う可能性だってあるのだから。


「あ、ちょっとー!僕をほっぽって勝手に話進めないでー!」


 そんな会話をしていると他の友人とおしゃべりをしていた大空がてててて、と駆け寄ってきた。相変らず、見た目だけならば小動物っぽい彼である。ニコニコしていると、その後ろにふわふわのしっぽが見えてくるようだ。

 まあ、実際は可愛いポメラニアンじみた見た目の下に、獰猛な牙と小悪魔な顔を隠しているタイプだが。


「林間学校めっちゃ楽しみだよね!やー、美琴とも一緒の班とか超ラッキーだよ!」

「うちもやで!……ところで」


 そんな美琴が、急に顔を曇らせた。ちらり、と大空が走ってきた方を見て言う。


「やっぱ陽介はんは……元気あらへんよな」

「……うん」


 陽介、というのは八尾陽介のことだろう。このクラスには、八尾陽介・康介という双子の兄弟が在籍していた。しかし康介の方は、先日の四木乱汰がやったゲームにおいて乱汰本人に殺害されてしまったと聞いている。しかも、陽介はそれを間近で見てしまったというではないか。


「心配で、ちょっと様子見てるんだよね」


 大空は友達が多い。というか、クラスのほとんどと仲良しだと言っていい。陽介のことも気にして、頻繁に声をかけるようにしているようだった。


「林間学校には行くって言ってる。他の友達もさ、なるべく元気づけようとしてるんだけど。……起きたことが、起きたことだから、どうしてもね」


 陽介と康介は、一卵性双生児。本当に見た目がそっくりで近くでよく観察しないと見分けることが難しいタイプだった。辛うじて兄の陽介には目の下に泣きぼくろがあるが、それも角度によってはよく見えないこともある。性格も趣味もしゃべり方もよく似た二人だった。どこに行くにも一緒だったと聞いている。――急に、体の半分をもぎ取られたような、そんな気になっていることだろう。

 その感覚は双子ではなく、かつ間近で大切な人を失ったことがあるわけではないミノルには、到底想像もつかないことである。安易な慰めは口にはできない、というのが正直なところだった。たとえ、ミノルもまた巻き込まれただけで、責められる立場ではないと知っていたとしても。


「四木乱汰は、殺されて然るべき人間でした。那由多映の決断は間違っていません。世の中には、生きているだけで害になる存在もいる。私はそう確信していますから」


 静はきっぱりと口にした。


「それでも……死んでしまったということは、もう恨みを晴らすこともできない、ということでもあります。想いの持っていきようがなくて苦しんでしまうのは、仕方ないことかもしれませんね」

「それ、わかるかもしれねえ」


 思わずミノルも呟いていた。


「復讐はよくない、みたいな説教っぽい話をしてくるキャラはよく出てくるけど。自分で死んじまうくらいなら……復讐だろうが、生きる目的があった方がいいに決まってるし」

「世の中、綺麗事では片付けられませんしね」

「うん。俺も……ルカインとしての記憶を思い出してさ、いろいろ見たから想像がつくんだ。死ぬほどの怪我をしていても、めちゃくちゃ苦しい思いをしてでも必死に生きようとする奴。そういう奴が頑張る理由って、とにかく憎い敵を殺すまで自分は死ねない!……だったりするわけで。正直やるせなかったんだよな」


 過酷な戦場を思い出してしまったからこそ、考えてしまうことがある。本当は生きるなら、もっと前向きな理由で生きて欲しい。でも、他に生きる理由がない人間には、復讐であろうとなんだろうと目的が必要なのも確かなのだ。

 あまりにも皮肉で報われない話だった。魔王ルカインは――自分は。出来る限り早く争いを止めたくて、本当は人間のことさえ死なせたくなくて、みんなのリーダーになったはずだったというのに。


「四木乱汰は死んだ。だからもう、復讐を理由に生きることはできない」


 今、陽介はそういう状態だろう。何か彼が、別の目的を見つけてくれればいいいのだが――生憎ミノルは、陽介とそこまで親しいわけじゃない。

 どうやら、あの五條泰輔が相当気を使っているらしい、とは聞いているが。


「この林間学校で、少しでも前向きになれたらいいんだけど」

「せやね。……わかるわ」


 悲しそうに、美琴が目を伏せた。


「うちも、あのゲームに巻き込まれてん。友達が死んだりしたのを見たわけやないけど、結構酷い目に遭うたし、死んだ人も見た。……あれがもし、すごく大事な人やったら、って……」

「踏ん切りをつけるしかないんだよね、結局。それもあって、先生達は林間学校を中止しなかったんだと思うし……」

「そうですよね」


 美琴の言葉に、大空が、静が口々に言う。

 少しでもいい思い出になればいい。ミノルも頷いた、その時だった。


「何が林間学校だよ、お気楽すぎだろお前ら」


 その空気に、水を差す者がいた。


「あんな事件があったのに全然わかってねえのな。今日にだって、俺ら全員死ぬかもしれねえってのに」


 そのトゲトゲした声は、嫌というほど聞き覚えがある。振り返った先、ミノルは見たのだった。今まで見たことないほど暗い表情で立つ、泰輔の姿を。



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