さてはて。
人間とか魔族とかイザコザとか山登りとか――以前に、ミノルにはもう一つ問題があったりする。
それは、何やら最近非常にアピールが激しい誰かさんだ。
「み・の・る・くんっ!」
「お、おおう」
そうかもしれないと思っていたが、やっぱりそうなった。山登りは自分が所属する班と、別のクラスの班一つと一緒に行動することになるのだが――案の定、ミノルたちの班と一緒に動くことになった二組の班のメンバーに彼がいたのだ。
そう、那由多映である。先日のゲームで一緒に戦ったこともあり、以来なんとなく仲間意識があるのは間違いないのだが。
「一緒のチームになれて本当に嬉しいわ。山登り、楽しみましょうね!」
「そ、そうだな、うん」
登山口で待機している時からもう、映はめっちゃくちゃ積極的だった。しれっとミノルの腕に手を搦めて、上目遣いのコンボを決めてくる。
何度も言うが、うっかり性別を忘れそうになるほど映は可愛い。そこらへんの女性アイドルの数倍可愛い。思わずミノルの頬も熱くなり、視線を逸らしてしまう。
が、すぐに背筋に冷たいものが走ることになるのだった。それは。
「きいいいいい!あいつ、先代魔王だからってナメてんじゃねえぞ!」
「ぼ、ぼくちんたちの映様にいいいい!」
「許せません、なんで映様があんな男と……」
「殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」
「次の食事の時に、食中毒に見せかけて毒殺してやろうかしら……」
「ぐううううう映ちゃん、映ちゃん、映ちゃあああん!」
ギラギラとこちらに殺意を向けている、映の親衛隊と思しき少年たち。先生も混じっているように見えるのは気のせいだと思いたい。そして全員、目が血走っていて非常に怖い。
しかも、今はそれだけではなくて。
「なんだよアイツ!陛下に媚び売りやがってからに!」
「継承者欲しいからって露骨すぎ!あの腕離せこのやろおおおお!」
「ミノルくんもあんなやつぶっ飛ばせばいいのに!静くんがいるのに何やってるわけえ!?」
「つーか俺らだって継承者の権利欲しいんだよこんちくしょう!」
「あの女男どうやってカタに嵌めたろかワレェ……!」
「許せません、絶対許せません……抜け駆け反対反対反対反対反対反対反対反対……」
何やら、映の方に殺気を向けている連中までいるのである。ミノルもミノルでモテるようになってしまった(ただし、半分くらいは個人の魅力というより、継承者狙いという方向なんだろうが)というのは本当らしい。
西から焦熱地獄、右から極寒地獄と言っていいレベルの温度差。はっきり言おう、ミノルは既に倒れそうである。しかもそんなミノルのことを無視して、映がしれっと腕に頬ずりしてくるからますます大変なことになるわけで。
「え、え、映……これ以上くっつくとその、なんていうか、山登りが地獄の一丁目になるような気しかしないんダケドナー……?」
ミノルがひっくり返った声で言えば、映は「あらそんなことないわよ」としれっと強心臓なことを言ってのけるのだ。
「他の人は他の人。勝手に言わせておけばいいでしょう?私達には関係ないわ」
「そ、そういうわけには……」
「それに、先生たちやクラスのみんなを全身全霊で脅は……頼み込んで、あなたと一緒に行動できる班を組んでもらったんだもの。このチャンス、逃すはずないでしょ?」
「待って今しれっと脅迫って言おうとした!?」
何この子怖いんですけど!とミノルは震えあがる。確かに、一番最初に陸上部を見学した時からものすごく積極性の強い子だな、とは思っていた。しかし、その時はまだほぼほぼ陸上部の勧誘に徹していたし、ミノル自身にはそこまで興味もないように見えていたのに。
先日の四木乱汰とのゲームの折、彼を助けたのがそんなに効いたのだろうか。自分はただ頭に血が上って、猿たちをぶっ飛ばすということをしただけだというのに。
「き、気持ちは嬉しいけど、でもあんまりくっつかれると、その……」
ひええええ!とミノルは背筋につららを突っ込まれたような強烈な悪寒を感じた。さっきまでの非ではない、とてつもない怒気。これはもしや、と振り返ってみれば。
「楽しそうで何よりです、陛下」
にっこり笑って登場、我らが千堂静サマ。
ミノルは白目をむいて今度こそ気絶しそうになった。静はそれはそれは惚れ惚れするほど美しい笑みを浮かべている。浮かべているのに、もう全身から殺気が迸っているのがもう怖すぎるのだ。しかも、ミノルの腕にひっついている映が、そのオーラをまったく気にせず笑顔を返しているのがまた怖い。
「ええ、すごく楽しいわ、静くん。私、自分で言うのもなんだけど結構可愛いと思うの。男なら誰でも、可愛い子は好きでしょう?」
「あらら、あざとい系オネエって今そんなに流行してましたっけ?時代はクール美人系眼鏡っ子ですよ、映」
「ちょっと待て静、お前自分でそれ言うのか!?間違ってねえけど!ていうか自分の顔面自覚あったの!?」
「地味系眼鏡っ子が好きなのはかなりコアな層じゃないかしら。オネエって失礼ね、私はただの綺麗系ってだけよ?今時の乙女ゲームは大抵私みたいなキャラ一人くらいは入ってるの。需要があるのよ、需要が」
「そちらの方がなかなか特殊な趣味だと思うんですけどね。そもそも、陛下のお世話を任されているのは私です。毎日同じ屋根の下、二人きりで濃密に過ごす立場なんですけどねえ」
「静!寮の同室ってだけだからな!?誤解招くような物言いヤメテ!?」
どうしよう、これも収拾つかない!
しかも唯一静を止めてくれそうな大空は、離れたところで楽しそうにスマホをこっちに向けているではないか。
「わーい修羅場ー!おっもしろー!」
「お前動画撮影してないで止めろよおおおお!?」
この林間学校、果たして楽しむだけの余裕はあるのだろうか。段々と心配になってきたミノルだった。
***
とはいえ。
実際にハイキングを始めれば、さすがの危険もあると判断したのか静も映も大人しくなった。不必要にバチバチするつもりはない、ということなのだろうか。だったら待機時間に、あんな心臓に悪すぎるじゃれ合いはやめてほしかったところなのだが。
「おお、これ、見ててほんまに楽しーわ!」
ハイキングコースにて。
美琴が柵の向こうを見ながら、スマホで撮影してはしゃいでいる。歩きスマホはやめろよ、と思いつつ彼が見ている先に視線をやるミノル。どうやら、沿道にはいくつもキノコが生えているらしい。赤と白のキノコは、なんだか某配管工兄弟が主役のゲームに出てきそうな見た目をしている。
「お前、キノコ詳しいのか?美琴」
「詳しいで!」
ニコニコしながら美琴が説明してくれた。
「例えば、その赤白の可愛いキノコな。弱い毒があるさかい、食べられへんのやけど……暗い場所やと光って目印になることで有名なんやで!」
「え、光るの!?」
「せやせや。ある程度乾いてる場所にしか生えんキノコやから、あんま地上とか、洞窟の出口付近にしかないねん。でもって、暗い場所や夜やと光るから、道に迷った時に目印になるって言われとるんやで。このキノコが生えとる方へ進めば、明るい道に出られることが多いって」
「へえ……」
しかし、やっぱり毒キノコなのか、と苦笑いする。派手な色は警戒色だというわけらしい。
とはいえ、キノコというものは派手な色合いだから毒、地味ならば毒じゃない、なんて判断できるものではないと知っている。
例えばミノルが生きていた令和の地球では、特に有名な毒キノコがある。通称。死の天使などと呼ばれるドクツルタケだ。真っ白な傘に柄、ささくれた部分は小さなスカートを履いているようにも見えるそのキノコ。ウェディングドレスを着た花嫁にも見えるような可憐な姿に対して、凄まじい毒性を持つ凶悪なキノコとして有名なのである。そう、特にキノコの知識がないミノルでさえ知っているレベルだとでも言えばいいか。
ユーラシア大陸に広く分布しており、日本でも確認されている。そして、派手な色合いでないこと、食べられるキノコと間違えることもあることから時々誤食する事故が起きることも有名だ。食べれば数時間で下痢や腹痛、嘔吐を起こし、偽回復期を経て胃腸からの大量出血を起こす。その際、多くの臓器がメッタメタに破壊されて、最終的には多臓器不全で死亡してしまうという。
そんなことがあるものだから、素人は「白いキノコを安易に取って食べるな」なんて言われてもいるのだ。このドクツルタケと見間違える可能性があるからである。なんといってもこのキノコの毒であるアマトキシン中毒対して、まだ有力な解毒剤が開発されていないからだ。いやはや、恐ろしいとしか言いようがない。
「……ドクツルタケとか、この世界にもあるのかなあ」
思わずぼそりと呟くと、「よく知っとるなあ!」と美琴が目を目を輝かせた。
「へえ、そのへんの毒キノコはミノルはんの世界にもあるやんな!カエンタケとかツキヨタケとかもあるんか?」
「あははは……あんまキノコ詳しくないけどそのへんは聴いたことあるわ。つか、キノコの歴史はどこも変わらずか」
「しかし、多分陛下の世界より、解明されているキノコは多いんじゃないでしょうか」
横から口を挟んできたのは、少し機嫌を直したっぽい静である。
「現在発見されているキノコって、実は毒か毒じゃないかもわかっていない、ものが圧倒的多数なんですよね。ただ、魔族の中から有名なキノコ博士が生まれたこともあって、ここ百年ばかりで一気に解明が進んだのです」
「ん?魔族だと、キノコに強いとかあんのか?」
「人間よりは毒に強い体質の者が多いですから。あと、毒をその場で解毒できる魔法もありますからね」
「あ、なるほど……」
魔法って本当に便利だなあ、とミノルはしみじみ思う。なるほど、魔族ならば誤って食べても大事に至る前に治療できることが多い、ということなのだろうか。いや、だからって毒かどうかもわからないキノコを食べるのはなかなか勇気がいることだが。
「キノコって面白いよねえ」
そしてここで大空が余計なことを言うのである。
「そういえば、媚薬効果があるキノコもあるって聞いたことあるような」
「え、それは本当かしら、大空くん!?」
「それは本当なんですか、大空!?」
「映、静!なんでお前らそこで食いつくの!?」
ミノルは再び悲鳴を上げることとなった。
ようやく落ち着いてきたところで、火種を撒き散らすのは是非ともやめてほしいところである!