目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

<66・ライク、ラブ、フレンドシップ>

「〝Flight〟」


 翼を生やし、ミノルは静とともに穴の中へと効果していく。

 四木乱汰との闘いのあと、炎魔法よりも先にこちらを徹底的に訓練したため、ある程度はコントロールできるようになっていた。翼の大きさもあるし、発動にまだ多少時間がかかるしでいつでも気楽に使えるわけではないが、やはり移動系の魔法は汎用性が高いというものだ。

 そして、穴の中へと降りていけば気づくこともある。それは、どうやらこの大穴が自然にできたものではなさそうだということだ。


「……これ、岩盤だよな」


 自分達が歩いていた土の地面の下は、固い岩場になっていたらしい。小さな火の玉を出してライト替わりにしつつ観察してみれば、周囲がゴツゴツとした硬い岩で形成されていることがよくわかる。

 ただの土ならば、土砂崩れで崩れて穴が空くこともあるだろう。しかし、固い岩ならばよっぽどな衝撃でも加わらない限り、このように崩落することなどないはずではなかろうか。

 しかもなんだかちょっと、焦げ臭い臭いがするような。


「やはり、この穴は妙ですね。あまり考えたくはないですが、これは人災、なのかもしれません。もっと言えば」

「言えば?」

「テロ行為、の可能性もあるかと。爆弾でぶっとばして穴をあけた可能性があります。その場合は、無差別に人が狙われたのか、我々魔王学園アルカディアの生徒が狙われたのかで状況が変わってくるとは思いますが」

「…………」


 静が言わんとしていることを理解し、ミノルは心底嫌な気持ちになった。つまり、自分達がアルカディアの生徒――ようは魔族だから標的にされた可能性がある、ということだ。確かに人間が持つ科学的な武器や爆弾でも、崩落事故を起こすことくらいはできるに違いないのだから。


――確かに、うちの学校の生徒は……三年生の決まった時期に、この山に林間学校で訪れてるみたいだ。日程も毎年そんなに変わらない。今年は少し後ろに倒れたけど、その情報もみずほ荘の人達を見張ってれば入手可能だったかも、だよな。


 人間と魔族の間には、想像以上に深い溝がある。それはあのサービスエリアで嫌になるほど実感させられたことだ。それこそ戦争になる一歩手前と判断されたからこそ、先代魔王であるミノルが召喚されてしまったのである。本格的に魔族を排除しようと動いている組織も、この世の中にはいるのかもしれなかった。

 ミノルはこの世界に召喚されてから今日になるまでずっと、学園の敷地内しか探索していない。外の世界の者達がどれほど過激であるか、はうっすらぼんやり人から聞いた知識しかないのだ。

 それこそ反魔族のテロ組織やら半グレやらは、自分が想像している以上に多いのかもしれなかった。こんな、テロじみた行為をしても平気なほどに。


「……まだ決まったわけじゃねえよ」


 それでもだ。

 何もわからないうちに、決めつけたくはない。同時に。


「仮に人間が犯人だったとしても、安易にぶっとばすわけにはいかないだろ。なんせ、それが戦争の火種になっちまう可能性は充分考えられるんだしよ」

「……それは、そうですが」

「とりあえず優先するべきは、五條のアホを見つけ出すことだ」

「……ええ」


 ぼそぼそと会話を続けながら、下へ下へと降りていく。穴の底は暗く、どこまでも闇の中へ続いているような錯覚を自分達に起こさせたのだった。




 ***




 泰輔が生きているにせよ死んでいるにせよ、落ちてすぐの場所にいる可能性は高いと思っていた。何故なら彼は、空を飛ぶ魔法を扱うのが極めて苦手という話。自分達のように、途中で飛翔の魔法を使って落下速度を軽減できたとは思えない。

 ただ、生きている可能性は十分考えられる。人間ならともかく、魔族は防御魔法もいろいろと使うことができるからだ。少なくとも物理防御の魔法を使えば、落下ダメージは半分以下に抑えられたはずである。

 だが。


「これは、予想外なことになったな……」


 ミノルはしょっぱい気持ちで、足元を見つめた。


「これ、かなり深そうな川だろ。あいつ流されたんじゃねえの?」

「その可能性高そうですね……」


 なんと、穴の底には水が流れていたのである。川に落下していないなら淵の岩場に引っ掛かっていそうだが、泰輔の姿はない。ストレートに水の中に落ちて、そのまま先へ流されたとうべきだろう。

 幸い、夏場ともあって水温は低くない。同時に、天井にあいた穴と、この広間のように広い空間。どうやら穴の底は、この山の洞窟へと丁度貫通する形になったようだ。となれば、どこか出口がある可能性は充分考えられる。とりあえず、この水が流れていく方向に出口もあるのかもしれない。


「岩場に血がついている、なんてこともありませんから……生きている可能性は高そうです。まあ、あの人しぶといですしね」


 静はあっけらかんと言った。


「探しにいきますよ、陛下。……水の流れが少し早そうだし、かなり深そうです。落ちたら面倒なので、岩を伝っていきますか」

「おう。かなるぬるぬるしてるな。滑らないようにしないと」


 日光があまり射し込まないからなのか、岩場は苔むしていてぬるぬるしている。そこそこ丈夫なスニーカーを履いてきたつもりだが、それでも靴の裏が滑って何度も水に落ちそうになった。ミイラ取りがミイラになってしまってはどうしようもない。多少速度を落としても、慎重に進んでいくべきだろう。

 そもそも、薄暗くて視界もよくないのである。ミノルと静、それぞれ火の玉を出して明かりを確保しているが、精々ランタンで照らす程度の視界しか確保できていない。足元がおろそかになりがちだ。ひょっとしたら途中の岩場に泰輔本人がひっかかっているかもしれないし、そういう意味でもさくさく進むべきではないのは間違いなかった。


「……陛下」


 そんな中。歩きながらふと、静が口を開いたのである。


「こんな時になんですけど、お尋ねしたいことが」

「なんだ?」

「……いや、その……えっと」


 いつも思ったことをはっきり口にするタイプである静が、今日はやけに歯切れ悪い。慎重に段差を降りつつ、静は口を開く。


「……正直これは、前々からお尋ねしようと思ってたことでして。陛下は……過去、誰かを好きになったことは、ありますかね」


 何故その質問を今、とは思う。思うが、最近の静の様子を見ていればそういうことを尋ねたくなるのもわからないではない。

 そしてミノルもできれば、静とちゃんと話しておくべきだと思っていたのも事実だ。なんせ。




『あいつに、あんな顔させるなんて、最低だ』




 四木乱汰のゲームの中。黒猿の洞窟で崖を転落した時――ミノルははっきりと、静のことを考えたのだから。

 自分はまだ、静のことをどう思っているのかよくわからない。迷惑をかけているし、心配をかけてもいる。それは自覚している。これ以上手間をかけないようにもっと強くならなければと、そう思っていたのも事実。

 でもそれ以上にあの時は――ああ、ただ心配かけたくないとかじゃなくて。自分が落ちた時の絶望したような静の顔。それをさせているのが己だという事実が、たまらなく嫌だったのである。

 笑っていてほしいと、そう思った。何故そう思ったのかもわからないけれど、そのために自分は生きなければいけないとおもったのだ。

 その結果、力を少しだけ取り戻した。まるで、何か強い想いに引っ張られでもしたかのように。


――それ以前に、だ。大空のゲームに負けた時俺は、静のことを思い出していた。本当にこのまま、別の誰かのモノになっていいものかって。出会ったばっかりだったってのに。




『僕のお願いは一つ。いつか……いつか静くんが本気で、君に想いを伝える日が来た時。真剣に、本当に真剣に考えて向き合ってあげて欲しい。……いい加減な対応したら、僕が君を殺すからね』




 大空は言った。静は、ミノルのことが好きなのだと。だから自分に、その想いに真剣に応えて欲しいと。

 結局、それが大空の勘違いなのかどうか、静に確かめることはできていない。ただ、いつかその時が来るなら、自分もちゃんと向き合わなければいけないとは考えていたのだ。

 それが一人の人間として、友として、果たすべき責任であるからこそ。


「前にもちらっと言ったけど。……俺、恋愛と友情の違いって、まだよくわかってなくて。隣の席の女の子が可愛いって思ったことはあるんだけど、それくらいだよ」


 傷つけるかもしれない。

 けれど下手な嘘をつくよりも、ここは正直であるべきだろう。


「でもって、俺馬鹿だから……今でもよく、わかってねえんだ。男と恋人になるのがキモイとか、そう言う感覚はないんだけどさ」

「……そうですか」

「でも、この世界に来て、俺が一番世話になってるのはお前だし。お前にはたくさん助けて貰ってるし……心から、感謝してる。それは、本当だ」


 それから――それから。




「この間崖から落ちて死ぬかもしれないって思った時。真っ先に思い浮かんだのは、静、お前の顔だったよ」




 友達だから心配させたくないだけなのか、それ以上の感情があるのか、まだはっきりとは断言できないけれど。




「それって多分、きっと、少なくとも……この世界で、一番大事なのはお前ってこと、なんだと、思う」

「……そうですか」


 薄闇の中、静の顔は見えない。それでも、少しだけ泣きそうに、その声が滲んだのはわかる。うっすらと見える背中を、守ってやりたいなんてガラにもなく思ってしまったのも。


「映のことは友達だし、大空や社や美琴も友達だけど。……うん、今、一番の友達はお前だよ。それ以上かどうかは、まだ、わかんないけど」

「わかっています」


 愛だの、恋だの、友情だの、家族愛だの、同期愛だの同胞愛だの、なんだのかんだの。まだミノルはやっぱり子供で、未熟で、真剣に考えることさえ恥ずかしくて。それらにちゃんと名前をつけられるほど成熟しているわけでもないが。

 ただ、大切だ、失いたくはないと思うのである。

 ひょっとしたらそれは、己の中にいるルカインが、恋人だったフレアにどことなく似ている静を重ね合わせているから、というのもあるのかもしれないけれど。


「今は、それで充分ですよ、陛下」


 ぽちゃん、と洞窟の水がしたたり落ちる音が大きく響いた。

 ミノルは自分自身の気持ちを噛みしめるように、一歩一歩、先へ進んでいったのである。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?