目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

<70・三人の刺客、現る>

 その後しばらくは、適当に雑談をしながら歩いていた。

 なんだかんだで静は面倒見がいいな、とミノルは思う。回復魔法のあとは、まだ服が湿っていた泰輔に向かって小さな炎魔法を使い、ちょっとずつ乾かしてやっていたのだから。

 なんだかんだで、お互いのことが嫌いではないし、仲も良いのかもしれない。


「あち!あちちちちち!て、てめえ、ちょっと焦げたじゃねえかこの野郎!」

「貴方が落ち着きがないせいでしょう?ほら、じっとしてなさいな」

「ふざけんな!てめえわざとやってるだろ!あぢっ!?ま、また……あでええ!?」

「わざと?そんなはずないでしょ。そこまで暇じゃないんですよ私は」

「どう見ても暇って顔して何言ってやがるー!俺様を玩具にすんじゃねえよ!!」


――な、仲が良い、のかな?


 もはや彼らのやり取りはコントになっているとしか思えない。ミノルは突っ込むこともできないまま、ひきつり笑いを浮かべて眺めていることしかできないのだった。

 ややぬるぬると滑る岩場をどうにか進む。道は極めて緩やかに下っているようだ。その上、右にややカーブしているらしい。ほとんど脇道がなくて助かったが、分かれ道があったら迷ってしまっていたかもしれない。

 道がまっすぐになったところで、泰輔が声を出した。


「おい、あれ……ちょっとずつ明るくなってきてねえか?」

「ほんとだ……!」


 出口が近いのかもしれない。足元の悪い暗い道をずっと進むことにうんざりしていたので、ミノルは安堵の息を漏らした。もし行き止まりだったなら、来た道を戻って泰輔を抱えて〝空を飛ぶ〟を試さなければいけなかったところだ。

 静と二人ならどうにか運べるのでは?という見込みではあったが、それでも泰輔の体重を考えるとリスクがある。万が一のことがあったら三人ともお陀仏だ。来た道を戻らず前に進むことを選んだのにはそういう理由もあったのである。できれば、泰輔には歩いて戻ってほしかったからだ。

 同時に、空を飛んでいる間に何者かの襲撃を受けるリスクもあった。さっき静たちと話していたが、魔法が使える何者か=魔族の裏切者が見張っていた場合、空を飛ぶ魔法を発動したところで察知される可能性が高い。飛びながら泰輔を運んでいる最中に狙われたら回避することが難しい。極めて危険だ。


「長々と戻らなくてすみそうですね」


 静も同じことを思ったのだろう、ぽつりと呟いた。


「ただ……このまま脱出させてもらえれば、の話ですが」

「え」

「魔力の気配があります。……やはり、魔族が一枚噛んでいたようです」


 すぐに、静の言葉の意味を理解することとなった。

 出口の向こうに見える、青い青い森。その森を背に立っているのは――奇妙な三人組だった。男二人に、女一人だ。


「本当に来たのね」


 最初に喋ったのは紅一点、ウェーブのかかった明るい茶髪の女だ。胸元ががっつり開いた、セクシーな肩出し、ヘソ出しの赤いトップスにハーフパンツを履いている。化粧も濃いしなんだか水商売のお姉さんっぽい、なんて印象を受けてしまう。


「おれの見立て通りだっただろうがよ?敬え敬えー!」


 その隣で、女の肩に馴れ馴れしく腕を回しているのは金髪をツンツンに逆立てた男。首に刺青を入れていて、体格も良く、人相が非常に悪い。いかにも半グレといった雰囲気だ。


「僕的にも、魔法の気配が微かにしていたからそうだろうなと思ったけど、本当だったんッスね……鏑木かぶらぎさん」


 別の意味で顔色が悪いのが、残るもう一人の男だ。ひょろひょろした眼鏡をかけた男であり、ぎょろんとした目が特徴的である。明らかに不健康そうだ。なんとなく口調から、この三人の中では一番下っ端の立場なんだろうなと思われる。

 その三人が、出口で仁王立ちして自分達を待ち受けていたこと。そして、その言動。

 間違いない、とミノルは確信する。


――こいつらが……五條たちを穴に叩き落とした張本人か。


 魔力の気配、と言っていた。ということは、恐らくあの一番下っ端の男が魔族なのだろう。生憎ミノルはまだそういう気配を察知するセンサーが鈍い。魔族と人間の顔の見分けもつかないのが実情だ。


「女と、半グレっぽい体格のいい男は人間ですね。そして……あの眼鏡の痩せた男が、魔族と人間のハーフかと」

「わかるのか、それ?」

「ええ。顔立ちで、なんとなくですが」

「ほええ……」


 静の言葉に、ミノルは頷きながら三人を観察する。どうやらあの下っ端男は純血ではないらしい。よくまあ、そんなことまで見ただけでわかるものだ。


「顔立ち見てりゃなんとなくわかるだろ」

「あ、そうなんだ……俺にはさっぱり」


 泰輔までそんなことを言うからには、静の能力が高いというより、この世界の者達の目にはなんとなく差がわかって当たり前、というやつなのかもしれない。


「で、てめえらなんで俺様達をハメやがった?明らかにそっちの鏑木とかいう男はカタギじゃねえ雰囲気だけどよ?」


 ギロリ、と泰輔が三人を睨む。コワモテの泰輔に睨みつけられても、三人はさほど怯えた様子がない。むしろニヤニヤとした笑みさえ浮かべている。


「ほうほう、ハメられたってことは理解してたわけね、おぼっちゃんたちは」


 女から離れて、ひらひらと手を振って言う半グレ男。


「自己紹介くらいはしてやるよ。おれは『ビリヤード』に所属している鏑木かぶらぎってモンだ。こっちはおれの女のマチコな」

「はーい、アタシはマチコ!結構可愛いおぼっちゃんたちじゃない。食べちゃいたいわー!」


 鏑木に紹介された女、マチコがテンション高く笑った。


「で、残る一人がおれらのチームの下っ端の酒井さかいな。短い時間だが、仲良くしてやってくれや」

「びりやーど?スポーツの?」


 どういうこっちゃ、と首を傾げるミノル。すると静がちょんちょんと肩をつついて解説してくれた。


「トウキョウで有名な半グレ組織ですね。極右思想の持主であることもわかっています。この国は人間によってのみ統治されるべきであり、人間と人間に従順な魔族以外からは人権を取り上げろとか……まあ、そういう過激な思想を持っている集団なんです。過去のいくつもの戦争責任は全て魔族側にあるから、反抗的な魔族を全て排斥すればあらゆる争いは回避できる、と」

「きょ、極端……」


 ああ、自分の世界にも似たような集団は結構いるよなあ、なんてことを遠い目になりながら思うミノルである。

 そして、そんな集団になんで魔族と人間のハーフがいるのか。明らかに虐められそうな雰囲気ではあるが。


「……極端?ど、どこがだよ」


 意外にも口を開いたのは、一番下っ端っぽい酒井だった。


「何が次の魔王を見つけ、魔王軍を育てる学園アルカディアだ……!お前らみたいなのがいるせいでなあ、僕みたいに、魔族の血が半分入っているだけの人間がどんだけ外の世界で虐められるか……!」

「は、はあ?俺らのせいかよ?」

「お前らのせいだろうがあああああ!」


 突然、男はブチギレで叫んだ。


「お前らの、お、お前らのせいで!魔族は嫌われ、その血が入っているだけで虐げられる!反抗的な魔族さえいなけりゃ、お前ら魔族が過去に戦争なんて起こしてなけりゃ、僕達は人間の仲間として生きることができるのに!全部、全部、全部、全部、お前らのせいだろうがよおおおおお!!」


 この男が今までどういう環境にいたのか、想像がついてしまった。いや、そのすべてを理解することなんて、ミノルにできるはずもないけれど、でも。

 人間の中で育った、魔族との混血児。それがどれほど肩身の狭い思いをすることか。そして人間たちの中で育てば育つほど、魔族こそが悪という思想を当たり前のようにすりこまれていくということなのだろう。

 自分が聞いた、過去の戦争の経緯。それらが正しいのであれば、戦争の原因が全て魔族にあるとは言い難い。何なら、人間たちの思い込みや差別意識のせいで起きた争いもあるような気がしてならない。




『魔族によるテロっていう冤罪と陰謀論の拡散。そして暴徒による魔族の村の襲撃。それをきっかけに、ついにはアメリスト連邦VS魔族という戦争が始まっちまったわけだな』




 前回の、つまりルカインだった頃の戦争の経緯。それは政府高官たちが住むエリアが大規模火災で焼失したこと、それらが魔族によるテロという冤罪が広まったことがきっかけで起きたと聞いている。ミノルがルカインだったころの記憶と照らし合わせても間違ってはいない。

 だが、これはあくまで魔族側から見た事実であり、人間側から見たものはまるっきり違っていたという可能性もあるだろう。

 いずれにせよ、魔族が全ての元凶だなんて言われるのはお門違いではなかろうか。


「滅茶苦茶言いやがる。俺様達が全部悪いみてえに!」


 そして、泰輔が尤もな反論をする。


「仮にそうだったところで、俺様たちは過去の戦争の時には生まれてすらいねえんだよ!それをまるで、俺様達が直接の加害者みたいに言われるのは納得いかねえだろうが!」

「珍しく意見があいましたね、五條。私もそう思います」

「てめえと意見合っても嬉しくねえがな……!」


 静もしれっと援護をする。見えているものが違う。認識が違う。解釈が違う。知識が違う。これが、魔族側と人間側の現実なのだとミノルは知る。

 あまりにも深い、深い川が流れていると言わざるを得ない。果たしてこれを、簡単に埋めることはできるのだろうか。


「そもそも、反魔族組織の中でも『ビリヤード』の劣悪さは折り紙つきでしょう。魔族というだけで捕まえて監禁したり殺したり、財産を騙して奪ったりといったこともしているようですが。果たして、そんなもののどこに正義があると言うんですかねえ?」

「わかってねえなあ、綺麗なおぼっちゃん」


 静の言葉に、鏑木は醜悪に顔を歪めて笑う。


「魔族どもは、人間に忠誠を誓ってナンボなんだよ。できねえやつは、存在するだけで人間の害になる。そいつらの命や金を、人間のために使って何が悪い?街のゴミ掃除もできて、人間の役にも立てる。一石二鳥ってなもんだろ、ええ?」


 なんとまあ、耳が腐る理論だ。まさか外の世界には、こういう馬鹿がわんさか溢れているというのか。

 いや、こういう奴らばかりではないのだと、そう信じたいところではあるけれど――。


「それで、俺達を穴に突き落として殺そうとしたわけ?」


 ミノルが尋ねれば、正解ー!とマチコが手を叩いて笑った。


「何人か死んでくれるだけでいいのよ!あんたら毎年リンカンガッコーとか言って、この時期は外に出てくるんでしょ?そこで事故が起きて生徒が死んだら、今後は中止になってくれるじゃない。アタシら的には、あんたらみたいな危険ブツに外に出てきてほしくないわけ。なるべく学園で大人しくしててほしいわけ、わかる?」

「誰が危険ブツだ、誰が!」

「魔法使っていつでも人を殺せる、操れる。そんな連中のどこが危険じゃないっていうのよ?アタシらニンゲンに従順な酒井みたいなやつならともかくとしてさあ、あんたらはアタシらに反抗する意志があるから次の魔王を選ぼうとかしてんでしょうが」

「ぐっ……」


 そう言われると、返す言葉がない。

 魔族を人間が怖がるのは仕方ないこと、というのはさっき静や泰輔と話したばかりであるのだから。

 そして、争いになるかもしれないとわかっているからこそ、次の魔王を選ぶということにもなっているわけで。人間たちからすれば、学校行事とはいえアルカディアの生徒たちが外に出てくるのは恐ろしいことなのかもしれない。

 いや、でも――だけど。


「まあそういうわけだ。……酒井」

「はい、鏑木さん」


 そして、連中は思いがけない行動に出たのだ。鏑木が片手を挙げて、宣言したのである。


「発動……〝魔女の夜会サバト〟」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?