流石にこれは、予想していなかった。まさか学校の外で、魔女の
唖然とするミノルの前て、おかしそうにマチコが手を叩く。
「あははははは!驚いてる、驚いてるう!ていうか、魔法は魔族の血が入ってる奴なら使えるんだからさあ、ハーフの酒井が使えてもおかしくないと思わないのー?」
確かに、それもそうなのかもしれない。ただ。
「静、知識の方はどうなんだよ?……魔法って、魔王学園みたいなところで教えて貰うもんじゃねえのか?」
「その通りですが、呪文と魔力の練り上げ方を誰かに教わりさえすれば可能ではあります。魔族のハーフならば、純血と比べて魔力は下がるものの使うことができてもおかしくありません。魔女の
「あ、そうなんだ……」
そのへんは自分の誤解であったらしい。頭の中で認識の修正を図るミノルである。
「三対三のつもりかよ、解せねえな」
泰輔は真正面から鏑木たちを睨みつける。
「女混じりで勝負仕掛けてくるつもりか。俺様たちもナメられたもんだぜ。見たところそいつ、なんかの格闘技経験者ってわけでもねえんだろ。何故だ」
そいつ、というのはもちろんマチコのことである。
確かに、そこは疑問符がつく。魔女の
だが体を動かす要素があるゲームの場合、やはり身体能力が影響してくるケースは多いのだ。少なくともミノルが過去三度経験した泰輔とのゲーム、大空とのゲーム、乱汰のゲームは全てそのタイプだった。身体能力やスキルがなければ勝ち目がない、そんな内容だったはずだ。
にも拘らず、女を含んだメンバーでわざわざ魔女の
――紫色の結界……やっぱりできてる。
ちらり、とミノルは空を見上げて考える。紫色のドームは、洞窟の出口付近から森の一部を巻き込む形で形成されているようだ。
――これは目印としてデカい。こいつらが気付いているかはわからないけど、遠くからでも目立つはずだ。……なら、他の生徒や先生が見つけてくれるかもしれない。
彼らが気付いてくれさえすれば、遭難は避けられる。現状、自分達はここが山のどこらへんであるのかもわかっていないのだから(まあ、この三人組が現れた時点で、彼らのアジトなどの安全な場所からさほど離れていない可能性が高いが)。
あとは、どうにかゲームに勝つことができるかどうか、だが。
――ようは、向こうにデメリットが結構あるってことだ。……なんで強引に捕まえようとか殺そうとかしなかった?
「不思議そうだなあ?」
その答えはすぐ、鏑木本人の口から語られることになる。
「おれらは魔族をこの国から排斥しようとしている。だからこそ、魔族についてよく知ってるし、その能力をナメてもいねえんだよ」
「どういうことだ?」
「おれらの集団にまだまだ魔族の血を引いた仲間は少ねえ。コイツみたいに、ハーフで虐げられてきたって奴みたいなのが少数いるくらいだ。魔族の最大の武器はその膨大な魔力と、それによって起こされる魔法という名の奇跡。だが、ハーフは半分ニンゲンの血が混じっている分、どうしても魔力や魔法のスキルで純血の魔族には劣る」
でもって、と彼は続ける。
「強い魔法を持つ魔族相手なら、生半可な武器じゃ無効にされかねない。チャカ撃っても光り物抜いても、相手にダメージが与えられないんじゃなんの意味もない。なんなら、銃弾を弾き返す魔法とかもあるのかもしれねえしな」
なるほど、理解できた。
思ったよりこの男は冷静なタイプなのかもしれない。つまり。
――いくら荒事に慣れてる武闘派の半グレでも……魔法を使えるアルカディアの生徒相手に、真正面からバトルするのはきついと思ってたわけか。
魔王学園アルカディアでは、一般教養や勉学の他、魔法のスキルアップに関するカリキュラムがかなり念入りに盛り込まれている。しかも、そこにいるのは多かれ少なかれ魔法の強い素質を認められ、継承者になるに値すると認められて入学を許された生徒ばかり。強い魔力、魔法のスキルを持った者が揃っていると考えるのは当然だ。
対して鏑木たちの頼みの綱は、ハーフであるがゆえ魔力が純血に劣る酒井のみ。しかも、きちんと教育を受けたわけでないのなら使える魔法の種類もそう多くはないのかもしれない。そう考えると、半グレといえどまともにぶつかるのは危険と考えてもおかしくはない。
――だが、なんでわざわざ女を連れてきた?色仕掛けでもしてくるつもりか?
あるいは、女であるがゆえ、こちらが攻撃しにくいのを見越してのことか。ぶっちゃけ、外道ならば男も女も関係なくぶっ飛ばされても文句言えないだろというのが本当のところなのだが。
――何にせよ、どんなゲームを挑んでくるのか、だ。それから……勝った者への報酬が何であるのか。
先ほどまでの彼らの言葉。
そこから察するに、恐らくは。
「勝負のルールはもう決めてある。だが、その説明の前に教えてやろう。おれらが望むのは勝った者に報酬が与えられることじゃねえ……負けた者にペナルティを課すことだ」
にやり、と笑う鏑木。
「三対三。負けた三人は死ぬ。でもって、その死体は消滅する。……生き残るのは、勝った奴だけだぁ……ふひひひっ」
「やっぱりそうなるよなあ……」
理解してしまった。冷や汗をかきながらミノルは呟く。
「なるほど、なるほど。あんたらがわざわざ魔女の
「その通り!……おれらがいくら望んだところで、現在はまだ魔族どもに人権があり、この国は一応法治国家ってやつだからよお。魔族のゴミだろうが、殺せば犯罪者として捕まっちまうんだわ。理不尽だろ?おれらは世間のゴミ掃除をしてるだけだってのによ!」
いちいちゴミゴミ言うなうっとおしいなオイ!と腐りたくなる。
つまり、ミノル達三人を殺して、その遺体を魔法の力を借りて楽に処分したいというわけだ。
当たり前だが殺人罪というのは、被害者が死んでいなければ成立しない。いくら嫌疑がかかったところで、そもそも本当に被害者が死んだと確信が持てなければ立証することができないのだ。
その最たるところが、死体が見つからないということ。
死者が行方不明であるのなら、いくら半グレ組織を疑ったところで逮捕されることはない、というわけだ。なんとまあ、頭がいい話である。
「できれば、死体が見つかってアルカディアの奴らが絶望に堕ちた方が小気味いいんだけどね」
ぼそ、と酒井がぼやく。
「まあでも、正しいことをしたのに僕達の方が捕まるなんて、そんな理不尽なことはないでしょ?」
「ハイハイハイハイ、それで?」
「行方不明になってもらうのが、ベスト。……あんな巨大な穴に落ちてそのまま行方不明になったら、学園側も最終的には〝どこかで野垂れ死んだ〟って判断をするしかなくなる。ここは山の中だし。なら、死んで死体消滅、これで充分効果がある。アルカディアの馬鹿たちも、もう二度と林間学校なんてくだらないイベントをやる気はなくなるんじゃない?」
「ハーイハイハイ……」
ご丁寧なこって、とひらひら手を振るミノル。おかげさまで、向こうの意図がはっきりとわかった。
結局この勝負、勝たなければ自分達は死ぬし、死んだことさえ確定されない状態になってしまうわけだ。なんともクソッタレな話ではないか。
ただ一つ、気になるのは。
「……その勝負、勝った側の言うことを負けた側がきく、じゃ駄目なのかよ」
これは、正直言っておきたいことである。
何故ならば鏑木、マチコ、酒井の三人も負けた時のリスクを背負っているからだ。
ミノルとしても、ここで絶対死ぬわけにはいかない。だが、勝った時に起きることが連中の〝絶対的な死〟となると、正直とても気分が悪い。命令をきく、という条件にしておけば、こいつらを制限付きで生かすこともできるというのに。
「びびってんのかよ?それともおれらを心配してくれちゃってる?偽善者どもは優しいねえ!」
鏑木はけらけら笑う。
「いいんだよこの条件で!悪いが変更するつもりはねえ!」
「おい、自分と自分の恋人も死ぬかもしれないんだぞ、それでいいのかよ!?」
「いいつってんだろ?……お前がそうやって怒鳴ってる時点で、この条件にしたのは効果があったみたいだしなあ?」
「うんうん、ほんとにねー」
マチコも口元に手を当てて笑っている。死ぬのが怖くないのか、それとも自分達が絶対に勝てると思っているのか。あるいは、他に理由があるのか。
「おれはよ、元々はカナガワの方でずーっと喧嘩してた人間なんだわ。……てめえの拳使って、それこそヤクザとも命のやり取りしたことがあんだぜ?」
ぺろり、と鏑木が己の唇を舐め上げた。
「その時のひりひり、ぴりぴりした感覚っていったらなかったぜ!命のやり取りをしている時こそ、生きてるって実感が持てるってなもんだ。恵まれた温室育ちのおぼっちゃんどもに、そんな感覚はわからねーかもしれないがなあ?」
「だから、死んでもいいって?」
「死にたいわけじゃねえが、目的のために死ぬってなら悪くない人生だっつーか?拳のやり取りじゃなくてもいい、ただ生きているって実感が得られればおれはそれでいい!何より……おれらのボスが、根無し草だったおれらに『ビリヤード』って居場所と、この国を魔族どもの手から救うって目的をくれたんだ。最高じゃねーかよ!」
生きる目的がない者ほど、目的を欲しがる。
力を持つ者ほど、その力の意義を欲しがる。
この男もそうだったのかもしれなかった。元々はただのチンピラだったのが、誰かがその拳に意味を持たせてしまったということなのだろう。
あまりにも、皮肉。出会った相手が良ければ、こいつも世の為人の為になる職業に就いたかもしれないというのに。
――駄目だ、説得なんかできねえ。
ぎり、と拳を握りしめるミノル。やるしかないようだ。
「さて、ルール説明といこうか?」
そんなミノルをよそに、あっけらかんと鏑木は告げた。
「勝負は簡単……三対三の、特殊形式の相撲、だ」